第121話 井戸覗きの一閑人 鴨南蛮ソバ旨し

文字数 1,255文字

ゴールデンウイークの中日、臨済宗妙心寺派の久留米梅林寺へ行く。先祖の墓があり数墓先に、同じ苗字の石碑がある。東京に転居され、税理士で後継ぎの子供が無く、その後奥さんも亡くなったという噂を耳にした。随分前、法事でお会いしたかもしれない。今では、誰も花を上げ、お参りする人もいない。同じ親戚の先祖様に、盆・彼岸に参ったとき、花と線香を差し上げる。花入れの筒もなくなっており、お寺でも手配していないという。墓前の左右に、コンクリートの丸筒状の物があり、そこに差し込む花入れが必要である。塩ビ管とプラスチックの花入れを買い
5月連休に持って行った。永年、気に掛かっていたことを、漸く実現でき、ご先祖の笑顔を感じる。その際、自分墓の水洗いの掃除をしようと、長靴、ゴム手袋、棒付きタワシ、バケツにビニールシートに日傘を車に積んできた。転んで足を怪我した相方は、折りたたみ椅子に座り、木陰に鎮座してもらった。1時間掛け、積年の苔や赤いシミを磨き落とした。意外と汚れているものだ。昼食はかつて行ったことのある蕎麦屋に行くことにした。「蕎麦処 一閑人」である。「お茶道具の中で、釜の蓋をのせる。七つ釜置きの一つなのよ」昔、茶道を習っていた相方が、懐かしそうに言う。千利休が好んで使ったのが、一閑人である。器のフチに付けた唐風の人形のことを言う。「その姿はまるで、閑人が井戸を覗いているようで「井戸覗き」とも呼ばれているの」と宣う。無心に覗く姿は、哲学的、ゆっくりと流れる時間の中にいるようだ、と店主のパンフレットには載っている。店内の大ガラスの向こうは、木立仕立ての庭が広がる。まぶしく光る木の葉があり、左右に配置されているモミジが風に揺さぶられている。和風の庭でもあり、左の端に井戸がある。この井戸の水を使い蕎麦を作っていると店員さんが教えてくれた。20年前に店を新築し、太いケヤキを彼方此方に使っている。梁や柱は太いがまだ木肌は新しい。天井も大きな角材で1m単位に備え付け、店主のこだわりの建物である。厨房では親父さん他数人で、蕎麦作り調理と忙しそう。店内にはギターが何本も飾ってある。ミュージシャンで、地域で演奏するらしくポスターも見える。お客さんも次々来店。蕎麦の味良し、切れ味がいい。唐辛子に山椒、鴨南蕎麦も脂がのって、誠に旨い。何回来ても、味は感動する。出汁がよく聞いておいしい。鴨ネギとはよく言ったものだ、相性抜群である。リピータも多いのか、県外ナンバーの車もある。連れ合いが、蕎麦を入れる器が欲しいと言う。一閑人が茶碗のがフチにへばりつて居り、昔の茶道に思い入れしたのだ。佐賀の波佐見焼で特注で作ってらしい。「この器が欲しい」と連れが、女店員に掛け合う。主人に聞いてきてくれたが、オーダーメイドなので譲れないという。土産で売っている訳ではないので、当然だろう。1650円の鴨南蛮は実に旨かった。
蕎麦処 一閑人(いっかんじん) 久留米市宮ノ陣五郎丸1577-7 0942-34-5855 定休 火・水曜日 及び不定休
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み