第6話 神埼宿 小林漢方薬局 長崎街道 

文字数 1,013文字

 長崎街道の面影が色濃く残る神埼宿、街道に小林薬局がある。普通の店構えだが端
のショーケースには古い漢方道具が諸々展示されている。
 店に入ると40歳代の白衣の女性が奥から出てきた。「父が居ましたら、詳しく歴
史を説明できるのですが」と言いながら話し始めた。「先祖は佐賀藩の武士で生活の
ため漢方薬作りを始めました」。展示古道具を差し「私が子供の頃、父が薬研で薬草
を粉にし、母が腹痛の漢方薬を作るのを見ました」と説明する。
 「白壁がありましたが壊し、入り口の瓦門だけ左端の壁に移設したのです」。表札
に[官軍肥前藩 小林]とある。佐賀の乱の時、家も襲撃され白壁に鉄砲の穴が開い
たらしい。
 佐賀の乱は明治7年に江藤新平らがリーダーとして起こした明治政府に対する士族
の反乱である。小林家は官軍として反乱軍鎮圧に対処したと先祖の歴史を物語ってく
れた。私が「ありがとうございます」と言うと、「こちらこそ、ようこそ神崎を訪ね
て来られました」と応じてくれた。江戸時代から居住し脈々と息づく伝統を拝聴する
のは貴重で感動的だった。
 宿の構口を出て20分歩くと江戸幕府が距離目安に4km毎に土盛りした一里塚があ
る。神埼の一里塚は長崎街道唯一の残存遺構で、石垣は10m四方・高さ1m、上部
に4mの塚がある。傍を清水が流れ、旅人の喉を潤す。水田が遠く広がり、背振山が
遙かに横たわる。※この一里塚は非常に珍しいもので、現物の形をしているのはレア
物である。大抵はここに一里塚があったという掲示板だけがぽつんと立っている。※
 帰りに和菓子屋に寄った。福島県出身だが満州引き揚げ後、神埼で和菓子屋を始め
たという。小学生の女の子二人が駄菓子選びに悩んでいた。一人は口紅を塗っている。
「135円で5円残った。どうしよう」と尋ねた。おかみさんは「貯金して次に買え
ばいい」とはっきり教える。ヤンチャな感じの女の子は棒飴をしゃぶり、歌いながら
帰って行った。
 繁華街で物事を尋ねても事務的処理、だが在郷の人は見知らぬ人に対して温かく応
対してくれる。袖すりあうも他生の縁を感じる。
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