第55話 生きて働く エッセー 日本勤労青少年団体協議会 佳作

文字数 1,894文字

 故郷に川幅の広い、河原をもった遠賀川がある。空に数羽のトビが飛んでいる。
ゆったりと気流に乗り、円を描くようにして昇っていく。あのトビのように自由気
ままに生きてみたい。
 しかし、トビの現実は厳しい。風を読み、羽を動かし、懸命に飛翔する。気を抜
き寝てしまえば、墜落し死んでしまう。生きていくのに必死だろう。小動物を探し、
食べていくのも至難の技。空腹のときも多いだろう。
 卵を産み育てるのも危険が一杯だ。枝や草で柔らかい巣を作り、座って温める。餌
を探しに飛び立つと、卵は蛇に食われてしまう。卵が孵化し幼鳥になったら、親は餌
を探し、黄色い嘴に餌を与えてる。留守中にカラスやイタチに幼鳥を食べられる。鳥
は本能で卵を産み、子に餌をやり育てる。
 「働く」という文字は、人に動くと書く。人間だけが働いているという意味になる。
敵に襲われない為に国を作り、国民は税金を払い軍隊に守らせる。税金を支払う為に、
人は働かなければならない。働くのは、税金を納め自分の身を守ってもらう為である。
 学生の頃、親から仕送りを受け気ままに暮らす。「一生こんな生活が出来ればもい
いな」と思った。だが現実は、卒業すると働くのが世の定めである。職種は多種多様
であるが、好きな物を一つを選択しなければならない
 源氏鶏太の三等重役を読み「重役のお供をしながら銀座で接待する」のも楽しそう
と、営業職を希望した。愚かな考えに、我ながらあきれる。世の中そうは甘くない。
入社早々、深夜にコンベアーの前で商品を配分仕分けする仕事をした。
 卒論に「労働」というテーマを取り上げた友人がいた。「労働は苦しいものである。
しかし楽しいものにしていくのは、心がけ次第である」と結論付けたという。
 「働くって」いうことは「益があることをする」ことである。「仕事をし生活費を
稼ぐとか、働くことで心身を動かし健康になる等の利益を生み出すことである」とい
う友人もいる。
 夜勤の辛い作業を経験した半年後、早朝勤務の2tトラックの運転手兼注文取りに
配置換えとなった。体重48kgの私には肉体的、精神的にハードだった。「気に入ら
ない」からと、点々と職を変えるならば、いつまでも一人前になれない。「石の上に
も3年」という先人の知恵を守ってみた。
 苦しい経験であった。辛いを体験をしたからこそ、後々「人の苦しみも、いかばか
りか」が推測できるような気がしてきた。
 人は集団で相互扶助のなか生きていく。「人との縁」を大切にすることが必須である。
人とのつながりが自分の運命を作り上げていったような気がする。
 苦節3年後、事務に欠員が出たので異動させられた。人事課の安全・厚生という仕事だ。
誰か分からないが、先輩に引き揚げて貰ったに違いない。見えない赤い糸なのだろう。体
力仕事のままだったら、退職していたかも知れない。人生の分かれ道で、つまらない後悔
の道を歩いていた可能性もある。
 自分で考え仕事をする。技術を身に着けていき、安全や厚生の勉強もした。先輩や同僚
との付き合いも楽しかった。この仕事では誰にも負けないという技術を身に着け、国家資
格の社会保険労務士や行政書士をも取った。将来、役に立つかもしれないと考えた。
 「清水の舞台から飛び降りる」つもりで好きな娘に結婚を申し込み、家族を持った。気
ままに過ごせるにしても「一人だけの人生は寂しい」。ベターハーフを探し生涯を共に出
来れば掛け替えのない喜びを経験する。
 転勤があり気の合わない上司もいるし、良い先輩もいる。仕事が一人前できるようにな
るとマンネリ化が生ずる。やる気が無くなったとき、精神的に悩んでくる。誰も相談に乗
ってくれない。その時、発明家でもある豊沢豊雄氏の「一所を深く掘らば、いずくにも清
泉湧くべし」という格言に出合った。
 自分の与えられた職務を、深く掘り下げてみる。問題点があるはずだ。その解決策を考え
実行していく。泉が沸き、成果が出た時、マンネリは消える。自分が成長したことを感じる。
社会のなかで「人・技術・泉」を大切にして働いてきた。
 定年を迎え、リタイヤし、両親のいる故郷に終の棲家を建て過ごした。背中の荷物も降ろ
し、年金で十分夫婦で暮らせる。それから「人生の楽園」を作り上げていった。
 社会保険労務士の自営業をしつつ、人への役立ちと世間とのつながりを持ち、エッセイを
書いたり、裏庭で野菜を育てたりを趣味とし、日々生活している。
※日本勤労青少年団体協議会 「働くってなんだろうエッセイ」応募 審査結果:佳作
有難うございました。1100編のなか158名以内に入りました。
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