第53話 十一面観音菩薩像 安禅寺5

文字数 793文字

 洒落た納骨堂の奥の正面に厨子があり、観音開きの向こうに、11面観音菩薩の立像があ
る。一枚板の扉もいぶし銀のような落ち着きがある。菩薩の顔は金箔で慈愛溢れている。墨
染めの衣は漆が見事な調和を感じさせる。手を合わせ拝みたくなる国宝のような木像である。
 住職は納骨堂を建てるにあたり、相応しい仏像を設置したいと念願した。手を尽くし捜し
ているうちに「福井の方に300年前の仏像がある。ご先祖は大金持ちの廻船商だった。当
時の銀貨で、今だと何百万円もする金で、腕の良い仏師に彫らせたものだ」という話しがあ
った。
 かなり修理をしないと仏壇には置けない状態だった。金額の話で、お蔵入りになった。時
が経ち、持ち主から連絡があった「私はキリスト教だから仏像に未練はない。熱心に話され、
大切にされるお寺さんのようですから、寄付させてもらいます」と有難いことになった。
 扉や木彫りの像も痛みが激しく、修復は難しい状態だった。出会いが続く。国宝修理の仏
師の弟子だったが、師匠と意見が合わなくなり、破門された70歳の仏師がいた。白髭を伸
ばし放題、服はぼろで素足にサンダル履きだった。
 生活困窮のようだが、仏師の腕は一流だった。3年の歳月を経て、修復した11面観音菩薩
を持ってきた。流石、一流の仏師は仕上げが違う。300年の歴史ある国宝級の仏像にも劣
らない出来である。燻し銀で表面をいぶし、本来の輝きを抑えた銀のようなお姿となってい
た。どこから見ても神々しい立像には、心うたれる気持ちになり賽銭箱へ千円を入れた。
 この観音菩薩の前で、義兄の49日の法要のお経をあげてもらった。神聖な気持ちになり、
満中陰で死後、この世を浮遊していた魂が、仏の世界へゆっくりと飛んでいく姿を見るよう
だった。
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