第76話 伊豆保養所と富士山 エッセイ

文字数 1,427文字

 福岡の両親と妹夫婦・関東に住む姉夫婦それに我々夫婦の8人で会社の伊豆保養所へ向かった。8人乗りのレンターカーを私が運転して、東京を出発。慣れない高速道路で助手の妻にナビ代わりに、何度も方向を聞き、真剣に走った。
 富士山は東久留米市に住む我々にも、冬の清々しい空気のときは建物の隙間から小さく眺めることが出来る。その瞬間は、神々しい気持ちになる。雪を被った富士山は何度見ても感銘を受ける。富士山の近くに住んでみたい気もするが、現実は無理である。新幹線の中から福岡に帰省する折には「富士山だ」と身を乗り出して、その魅力に何度も感動させられた。
 車は昼前に伊豆修善寺に着いた。近くの有名なそば屋を目指した。多くの観光客がそぞろ歩いている。店の前は既に長いお客の列が並んでいる。「私達夫婦で順番を待っているから、皆さんは近くを観光して、40分後にここへ戻ってきて」と話し合いそれぞれが行動した。順番が来て、席に着き、思い描いた伊豆の蕎麦をたべる。清流で育てられた生わさびをすり下ろし、蕎麦汁に入れ賞味する。鄙びた周りの温泉街の雰囲気と食べ方の作法に親愛なる家族と旅している幸せ感に大満足である。
 その後、予定した著名な観光地を車で寄る。歌謡曲「天城越え」のサビを歌いながら、山の中、浄蓮の滝を眺める。「ここがそうか」と納得し次へ進む。車の渋滞も有、到着時間が予定より、遅くなった。あまり遅れると会社の娯楽施設ではあるが、管理人に怒られはしないかと心配した。到着した保養所はそれ程のお客はいなかった。温泉につかり、夕食の食卓をみんなで囲む。ビールで乾杯リラックスした気分である。卓球台などもあり、昔を思い出して遊んだ。親孝行ができる、この企画が上手くいっていることに、私は満足を感じた。父母はどう感じたのだろうか。
 朝、目覚めに窓のカーテンを開けた、快晴の青空に、雪を頂いた富士山が窓一杯の額縁のように見事に納まっている。こんな近くに霊峰を拝めるなんて最高である。別の部屋からやってきた母も「素晴らしい。いいわね」と笑顔で賛美する。他の姉妹夫婦も「ロケーション最高」と賞賛する。静岡に住む人は、富士山を間近に見れる羨ましい人達だと思った。
 それから何十年も時が過ぎていった。私は定年後、帰郷し終の住み処を建てた。その後、両親も亡くなり夫婦で寂しく、楽しく過ごしている。妻が「富士山に一度も登った事が無い」と正月に帰省した東京に住む息子に何気なく話した。翌年4月に息子からメールが入った。「8月に富士山に登るぞー!」と。
 高齢者になった我々も、奮起して4ヵ月間近くの山に登り、訓練しようと、登山道具を揃えた。毎週の様に近くの福智山、英彦山、久住山、祖母山に登り、コツをなんとなく摑んだ。3千m級の山など登った事も無い。一生に一度の大冒険である。
 8月、台風により延期されたりしながら、閉山間近に、グループ登山に申込み登った。山小屋へ一泊、漆黒のなかの雲海と冷気に生きている素晴らしさを感じた。頂上手前100m位で私は酸欠状態になった。10歩進むと息苦しい、グループから外れ、休み休み、息子と妻に見守られながら登った。
 遂に日本一の富士山に登った。久須神社
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