第29話 元 高町宿   長崎街道

文字数 616文字

 初めて出向き、宿場の場所を発見するのが容易にできる時がある。名だたる宿場は東構口
から西構口まで石碑等で江戸時代の状況を掲示している。
 寂れた宿場は、街道の名残になる遺構はなく、道だけが存在する。地元の人で歴史に興味
のある人に確認して初めて「ここが宿場だったのか」と確認、納得できる。高町宿はそんな
宿場である。
 事前の情報では稲佐神社があるらしいというので、ナビで住所を登録し車を走らせた。到着
したのは山の中腹だった。民家はないのでここは街道ではなかった。創建は860年頃で鍋島
家歴代藩主の崇敬もあつく、立派な社がある。眼下の村から階段で登り下りしていたのだろう。
 多分下に見える村が宿場だったのだろう。山を下りると高町の看板があり、石の鳥居は稲佐
神社の一番鳥居と表示されている。細い道があり両側に家並みがある。多分これが多良海道だろう。多良街道は長崎街道から小田宿で分岐しており、浜宿や多良宿を通り、長崎街道の永昌宿に
合流する。鍋島藩主が長崎への近道に作った海沿いの街道らしい。
 郵便局の隣で、枝葉切っている老人がいた。「これの道は街道であるが、今は何も残っていない」という。標識もなく小さな宿場だったのだろう。前の六角宿場からは10キロ以上は離れて
いる。
 途中に厳島弁財天宮 があった。人もいなく遺構もないようなので老人の証言だけが頼りだった。
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