第218話 思い違い
文字数 783文字
すべては、寒梅の思い違いだった。
月龍が蓮を一途に愛している。それは真実だろう。けれど本当に、蓮本人を思いやっているのかは疑問だ。
なにせ月龍は、蓮が微笑んだと聞いて激怒した。
以前、窓際で呆然と過ごす蓮を報告したとき、月龍は安心した様子を見せた。自傷の意志がなくなったことに対してかと思っていたけれど、違う。
月龍は、蓮が寒梅に心を開かなかったことを喜んだのだ。
何故おれに与えられないものを、お前が易々と手に入れる?
おれだけが、報われない。
寒梅の首を絞めながら叫んでいたのは、狂気からくるだけのものではなく本心だったのだろう。
同じ年頃の少女を雇ったのは蓮の心を癒すため。そう言っていた口で、醜い嫉妬を罵声としてぶつけた。
蓮の精神に見られた回復傾向を喜ぶのではなく、誰にも心を開かず、孤立を深める蓮をこそ望んでいた。
寒梅のことも、蓮に対する言い訳としてのみ利用価値を見出していたに過ぎない。道具としか見ていなかった。
証拠に、蓮は幾度も寒梅の名を呼んでくれたけれど、月龍は一度たりとも口にしない。もしかしたら、覚えてすらいない可能性もある。
今日のこともそうだ。怖がるだろうからもう来ないと寒梅を気遣うような言葉を言っていたが、実際には寒梅と仲良く過ごす蓮の話を聞きたくないがためなのだろう。
この自分本位な男を、優しいだの素敵だのと思っていたことが愚かしい。
愛する蓮に嫌われ、憎まれれば辛くはあるだろう。だがそれも、おそらくは自業自得に類するものではないか。
蓮には好、月龍には悪の感情を禁じ得ない。
「――蓮様、おいたわしい……」
思わず、独り言が洩れる。
とはいえ、必要以上に関わりさえしなければ月龍がいい雇い主であることに変わりはない。月龍の前では蓮と親しげに振る舞うのはやめようと、保身的なことを考えてしまった自分が、ほんのわずか嫌になった。