第4話 三人
文字数 2,111文字
「一体いつまで偶然に頼る気だ」
蓮が十日と経たずに訪ねてくるのは確かだが、もちろん毎日ではない。短くても四、五日は開く。
なのに毎日、仕事が終わると同時にやって来ては、ため息ばかり吐いて待つ月龍を、よくも二ヶ月あまりも耐えてやったものだと、我ながら感心する。
「だが、偶然でなくてどうやって会えと言うのか」
憮然とした問い返しに、片膝をついた胡坐で頬を支え、冷たい流し目を送る。
「二人きりで会いたいと言えばよかろう」
「無理なことを言うな。できるはずがない」
「なんだ。断られては会い辛くなる、などと言うのではなかろうな」
先手を打った亮に、月龍は唇を一文字に噤む。思わず、頭を抱えた。
「忘れたのか、月龍。蓮もあと半年もすれば、十五になる。おれも二十二だ。互い以上に適切な相手がいなければ、結婚は免れんぞ」
王には亮の他に子はない。
本来ならば、王の娘を娶った別腹の男子が王位継承権を得るのだが、現在のところそれは叶わぬ状況にある。
王に一番近しい親戚の娘は、姪である蓮と
周囲は、早く亮と蓮の婚姻を成立させたく思っているようだが、亮自身どうしても乗り気になれなくて、先延ばしにしている。
「そう、そのことだ」
月龍が渋面になる。
知らぬ者が見れば怯える程のものだが、慣れている亮は、何のことだと平然と受け止めた。
「お前達の話は、そもそも政略的な意味合いが濃い。もしおれと蓮様が、その、恋仲になったとしても、影響などないのではないか」
怒ったような口調だが、実は不安の現われだと亮にはわかる。
また、言いたいことも理解できた。政略結婚は、当事者の感情に左右されるものではない。
たとえ、月龍と蓮が結ばれたとしても結果は変わらず、悪戯に辛い想いをするだけではないか。
それくらいなら、想いは秘めたまま諦めた方がいい、と思っているのだろう。
亮は笑う。
「それはないな。親父は蓮を、大層可愛がっている。あれが悲しむような真似はせんだろうし、それでなくともおれと蓮の婚姻を快く思っていない」
そうでなければ、亮の気分だけで先延ばしにできるはずがない。
暗愚と成り果てた王も、姪の蓮には何故か甘かった。その可愛い蓮を、嫌っている亮に娶わせることを忌避しているのは、目に見えている。
「前例のないことだが、何処からか遠縁の娘を養子にでも入れておれにあてがい、蓮には惚れた相手との幸せを、とでもぬかしそうだ」
先送りになっているのは婚姻だけではない。二十一を過ぎた今になっても、亮は立太子していなかった。
その事実が、言葉以上に王の気持ちを物語る。
「悪かった」
亮の言わんとすることを、理解したのだろう。月龍が気まずそうに詫びた後、けれど、と続けた。
「そちらは片がつくとして、亮、お前の気持ちはどうなのだ」
「おれの気持ち?」
聞き返して、苦笑する。
そういえばと思い出したのは、心配げに歪んだ嬋玉の顔だった。
幼い頃、亮と月龍は共に嬋玉を訪ね、後宮に忍び込んでいた。だから嬋玉も月龍を知っている。
月龍が蓮に惚れたと知ればさぞ驚くだろうと、こっそりと報告に行ったのだ。
そのとき、弟のように思う二人が蓮を巡って争うことになるのでは、と心配された。
「よしてくれ。お前までそのような戯言を言うのか」
「お前まで? 他の誰かにも言われたのか」
「ああ、嬋玉殿にな」
「やはり」
項垂れるように呟かれて、辟易とする。
「いや、だからそのようなことはないと言っているだろうが。まったく、嬋玉殿といいお前といい、おれはそれほど、蓮に惚れているように見えているのか」
「見えるさ。お前はあの顔を見ていないからそのようなことが言えるのだ」
「あの顔?」
「蓮様と話している時の、優しげなお前の顔だ」
「当然だ。おかしなことを言うな」
鏡を前にしているわけではないのだから、自分の顔など見えるはずがない。
額を押さえて洩らした嘆息に、呆れを乗せる。
「それはまぁ、おれも蓮を嫌っているわけではない。気心の知れた幼馴染だ。話していれば笑いもする」
「しかし」
「ああもう、らしくもない心配をするな。たとえ誰かの妻であれ気に入れば力ずくで奪う。お前にはその方が似合うぞ」
「それは、相手が他の男なら遠慮するものか。だがおれは、お前を失いたくない」
ぶっきらぼうに言って、睨み据えるような視線を横へと流す。
気づいていはいた。
月龍は亮以外の誰にも心を開かない。友人と呼べるのは亮だけだ。
だから、葛藤もわかる気はする。唯一の友を失いたくない、けれど蓮への想いも諦めきれない。
迷いのために瞳を揺らす様は、いじらしくすらあった。
だがそれにしても、と苦く笑う。
「誤解を招くような台詞だな」
「な、おれは別に」
「わかっている。言っただろう、誤解だと」
喉を鳴らして笑いながら、
「まぁ、お前が乗り気でないのなら無理強いするつもりはない。当初の通り、おれが蓮を娶るだけだ」
「それは」
「公主がお見えです」
さすがに気色ばむ月龍を遮ったのは、衛士の声だった。