第176話 歯車
文字数 1,079文字
蓮が生きていてくれたのならば、子供も助かったかもしれない。微かに抱いていた希望は、簡単に打ち砕かれた。
ああ、と月龍が更に続ける。
「お前には謝らなければならないな。おれが殺したのは、お前の子だ。そのせいで蓮は――子供の産めない体になった。すべておれの責だ」
蓮が子供を産めなくなった。
無論衝撃を受けたけれど、蓮の腹に宿った命を蒼龍の子だと断定したことの方に意識を奪われる。
「違う!」
気がついたときには、悲鳴にも似た叫びを上げていた。
「あなたに謝るべきは、おれの方だ。おれは偽りを言った」
「偽り?」
「おれが蓮と――抱き合っていたとき、あなたが見た、あのときが初めてだった」
告白に、月龍が軽く目を瞠る。
「最初で最後のことだ。あのときおれは蓮に言った。月龍の代わりになると――身代わりを演じてやるから傍に居させてほしいと」
「では――」
「蓮が愛しているのはあなただ。だがあのときあなたと蓮は拗れていた。それで蓮は判断を誤った。それでも、おれにあなたを重ね見たからこそ受け入れてくれた、このことだけは確かだ」
想いは、一度口をついて出ればもう止まらなかった。堰を切るようにとは、こういうことだろうか。
「だから、蓮がおれの子を孕むはずがない。あの子は間違いなく、あなたの子だった」
「――――」
「それが悔しかった。あなたが幸せになるのが許せなかった。しかも伴侶が蓮であることに耐えられなかった。だから嘘を吐いた。あなたが一生迷い続ければいいと――一生、苦しめばいいと」
きりきりと胃が痛む。息も苦しい。肺が潰れているかのように、深く呼吸をくり返しても、少しも楽にならなかった。
「まさか、このようなことになるとは思っていなかった。すまない月龍、おれのせいだ。おれがすべての歯車を狂わせた」
意地を張ることもできない。感情に任せて、思ったことをそのまま口にする。
声が震えた。両手で頭を抱えこみ、月龍へと一方的に謝罪をぶつける。
月龍が沈黙するのは、怒りのために絶句しているせいか。その硬直が解けたとき、どのような顔をするのだろう。鬼の形相で、腕力による制裁が下されるはずだ。
そうなってほしいと思っていた。蓮に与えられた痛みと、月龍が覚えた精神的苦痛を、疑似的にでも受けられるのならばそうなるべきだと。
月龍がふっと、息を洩らした。
「――そうか。お前も本当に、蓮を愛しているのだな」
信じがたい言葉だった。
なにを今更ふざけたことを言っていると、声を荒らげて当然だった。偽りを吐き、すべてを壊した蒼龍を殺したいほど憎むはずなのに。
月龍はただ静かに――満足げに笑う。
ああ、と月龍が更に続ける。
「お前には謝らなければならないな。おれが殺したのは、お前の子だ。そのせいで蓮は――子供の産めない体になった。すべておれの責だ」
蓮が子供を産めなくなった。
無論衝撃を受けたけれど、蓮の腹に宿った命を蒼龍の子だと断定したことの方に意識を奪われる。
「違う!」
気がついたときには、悲鳴にも似た叫びを上げていた。
「あなたに謝るべきは、おれの方だ。おれは偽りを言った」
「偽り?」
「おれが蓮と――抱き合っていたとき、あなたが見た、あのときが初めてだった」
告白に、月龍が軽く目を瞠る。
「最初で最後のことだ。あのときおれは蓮に言った。月龍の代わりになると――身代わりを演じてやるから傍に居させてほしいと」
「では――」
「蓮が愛しているのはあなただ。だがあのときあなたと蓮は拗れていた。それで蓮は判断を誤った。それでも、おれにあなたを重ね見たからこそ受け入れてくれた、このことだけは確かだ」
想いは、一度口をついて出ればもう止まらなかった。堰を切るようにとは、こういうことだろうか。
「だから、蓮がおれの子を孕むはずがない。あの子は間違いなく、あなたの子だった」
「――――」
「それが悔しかった。あなたが幸せになるのが許せなかった。しかも伴侶が蓮であることに耐えられなかった。だから嘘を吐いた。あなたが一生迷い続ければいいと――一生、苦しめばいいと」
きりきりと胃が痛む。息も苦しい。肺が潰れているかのように、深く呼吸をくり返しても、少しも楽にならなかった。
「まさか、このようなことになるとは思っていなかった。すまない月龍、おれのせいだ。おれがすべての歯車を狂わせた」
意地を張ることもできない。感情に任せて、思ったことをそのまま口にする。
声が震えた。両手で頭を抱えこみ、月龍へと一方的に謝罪をぶつける。
月龍が沈黙するのは、怒りのために絶句しているせいか。その硬直が解けたとき、どのような顔をするのだろう。鬼の形相で、腕力による制裁が下されるはずだ。
そうなってほしいと思っていた。蓮に与えられた痛みと、月龍が覚えた精神的苦痛を、疑似的にでも受けられるのならばそうなるべきだと。
月龍がふっと、息を洩らした。
「――そうか。お前も本当に、蓮を愛しているのだな」
信じがたい言葉だった。
なにを今更ふざけたことを言っていると、声を荒らげて当然だった。偽りを吐き、すべてを壊した蒼龍を殺したいほど憎むはずなのに。
月龍はただ静かに――満足げに笑う。