第138話 容体

文字数 1,018文字

 王子の立場でありながら、亮は物事を客観的に見過ぎている。「王朝の滅亡危機」をまるで何事もないかのように語った。
 話し続けたせいで乾いたのだろう喉を、盃を煽ることで潤す。

「まあ悪い知らせと言っても、今までと大差はない。ただ敗色が濃厚になったと言うだけのことだ」

 言いながら、亮は再び盃に酒を注ぐ。さすがに首肯はしないものの、内心ではその通りだなと考えていた。

「で、二つ目だが――お前には存分に耳を痛がってもらわなければならない。紫玉と言ったか、あの女官のことだ」

 盃に唇を寄せながら、上目遣いで見上げてくる亮に、ほう、と嘆息する。

「なんだ、そのようなことか」
「なんだ、ではないだろう。人の苦労も知らずに」

 月龍の反応が気に入らなかったのか、亮は唇を尖らせる。
 紫玉に傷を負わせたのは、宮中でのことだった。実際、本来ならば「そのようなこと」で一蹴できる問題ではなかった。
 けれど宮廷からはなにも言ってこないので、どうにかなったのだろうと勝手に思っていた。月龍の心配事は蓮に関することだけだ。他のことに気を配る余裕などない。

「事件をもみ消すのに、おれがどれだけ苦労したと思っている。宮中、しかも白昼堂々の暴力沙汰とは正気とは思えんぞ」

 さもありなん。あのときの月龍は、正気ではなかった。

「目撃者もかなりの多数に及んでいたしな。幸いだったのは、陸が早めに知らせてくれたことだ」
「陸殿が?」

 そういえば、現場に陸宏がいたか。おぼろげな記憶を辿り、考える。

「そうか。ならば彼に礼を言わねばなるまいな」

 口からこぼれたのは、さして感謝の色も見えない声だった。
 月龍の反応は想像できていたのだろう。互い違いにした眉と、片方だけ細めた目に亮の呆れが表れていた。

「お前は傷を負わせた女の容体は気にならんのか」

 質問には、肩を竦めることでしか返せなかった。気になるどころか、言われるまで思い至りもしなかった。

「まあ、お前らしいと言えば言えるか」

 亮が、軽く嘆息する。

「ともかく伝えておくぞ。命に別状はない。ただし、潰された喉の回復は見込めないそうだ。まったく、お前も罪なことをする」

 面白くもなさそうに言う亮に、顔を顰める。怒っているわけではない。苦労を掛けたことを申し訳なく思ったのだ。
 罪悪感は亮に対してのみ、紫玉には露ほどにも向かわなかったのだけれど。

「そして最後の一つだが――見当はついているだろう。蓮のことだ」

 今までと変わらぬ、軽い口調だった。
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登場人物紹介

月龍《ユエルン》

古代中国、夏王朝の武官。

武に関しては並ぶ者なきと評される腕前。

無愛想で人の機微に疎い。

有力な宦官の孫として養子に入る。出生に秘密あり。

蓮《レン》

王の姪。王子の従妹。

穏やかだけれど型破りなところのある、小柄な少女。

月龍との出会いで、人生が一変する。


亮《リーアン》

夏王朝の第一王位継承者。

蓮のいとこ、月龍の親友。

亮を出産時に母が死亡し、妃を溺愛していた父王からは仇のように嫌われている。

絶世を冠するほどの美青年。頭脳明晰。

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