第152話 破滅
文字数 1,297文字
あとはなにもわからず、なにも考えられず、ただ蓮に拳を振るい、足で踏みつける。
それでもなお身を丸めて腹を、子供をかばい続ける蓮の一途さが、さらに暴力を加速させた。
殺せ。殺してしまえ、こんな女――まるで耳鳴りのような律動に突き動かされ、蓮の小さな体を抱え上げては床に叩きつける。
蹴飛ばし、転がって仰向けになった腕を、足を、腹や恥部までをも踏み躙った。
一体幾度、殴っただろう。鍛えられているはずの月龍の拳さえ、痛みを覚え痺れるほどだった。
打撃を加える度に上がる悲鳴と、聞こえる悲痛な制止の声。ぼろぼろと大粒の涙を流し、月龍の足に縋って哀願する姿――それらの光景は、目に映ってはいる。
けれど、ほんのわずかの罪悪感も現実感もないのが現状だった。
――否、自分の体が自分のものではないような気がする。誰かが操っているのではないかと思うほどの非現実感に苛まれていた。
足元に倒れ伏し、口や鼻からも血を流す蓮を見下ろしながら、はぁはぁと荒い息を吐き出し、肩を上下させる。どれくらいの時間暴行を続けていたのかさえ、わからなかった。
蓮はとっくに気を失い、冷たい床に転がっている。呼吸も不規則になっていた。
虫の息とは、こういう状態だろうか。
「助けて――殺さないで。月龍、あなたの子供を――」
蓮が呟くのは、うわ言だった。
息も絶え絶えになり、失神状態にありながらもなお、子供を守ろうとするのか。
怒りに任せて拳を振り上げ――
ぴたりと、頭上で手が止まる。
蓮は今、なんと言った?
月龍の子供と言った気がする。腹に在るのが、月龍の子だと。
不意に、叫びが脳裏に蘇る。
どうしてあなたの子供を殺すのと、蓮はたしかにそう言っていた。
憎ければ殺してもいいから、子供だけは助けて、いらないと言うなら他の人にあげてもいいからどうか産ませて――あなたの子供を、と。
途切れながら、幾度も繰り返された蓮の懇願を聞いてはいなかった。
けれど、耳には入っていたのだ。記憶していた脳が、多少の落ち着きを取り戻した月龍に、言葉の意味を知らせた。
――おれは一体、なにをした――?
慄然として、月龍は自分の口元を押さえる。
その手には、べっとりと血がこびりついていた。
月龍が唯一、心の底から愛した女性の血が。
「――蓮?」
床に膝をつき、倒れた蓮の肩をそっと掴んで、おそるおそる声をかける。
蓮の顔は激痛と恐怖のために歪んでいた。額にびっしりと浮かんだ玉の汗と頬に残る涙、そして溢れ出した血液が、見るも無残な姿を晒している。
腫れあがった口元が、小さく歪んだ。
「――殺さ、ないで――」
声にならぬ、掠れた空気の震え。
蓮のたった一つの願いであり、希望でもあった存在。自然と目は、蓮の下腹部へと向かい――
乱れた衣服から覘く、ほっそりとした白い足とその内腿を濡らす、床まで溢れ出した多量の血液を見る。
それは取り返しのつかないほどの出血だと――幼い命がこの世に現れることなく流れたことを物語っていた。
――月龍はまだ知らない。月龍が自らの破滅を決定づけたこの夜、彼の仕える王朝もまた、確実なる滅びの道に足を踏み出したことを。
それでもなお身を丸めて腹を、子供をかばい続ける蓮の一途さが、さらに暴力を加速させた。
殺せ。殺してしまえ、こんな女――まるで耳鳴りのような律動に突き動かされ、蓮の小さな体を抱え上げては床に叩きつける。
蹴飛ばし、転がって仰向けになった腕を、足を、腹や恥部までをも踏み躙った。
一体幾度、殴っただろう。鍛えられているはずの月龍の拳さえ、痛みを覚え痺れるほどだった。
打撃を加える度に上がる悲鳴と、聞こえる悲痛な制止の声。ぼろぼろと大粒の涙を流し、月龍の足に縋って哀願する姿――それらの光景は、目に映ってはいる。
けれど、ほんのわずかの罪悪感も現実感もないのが現状だった。
――否、自分の体が自分のものではないような気がする。誰かが操っているのではないかと思うほどの非現実感に苛まれていた。
足元に倒れ伏し、口や鼻からも血を流す蓮を見下ろしながら、はぁはぁと荒い息を吐き出し、肩を上下させる。どれくらいの時間暴行を続けていたのかさえ、わからなかった。
蓮はとっくに気を失い、冷たい床に転がっている。呼吸も不規則になっていた。
虫の息とは、こういう状態だろうか。
「助けて――殺さないで。月龍、あなたの子供を――」
蓮が呟くのは、うわ言だった。
息も絶え絶えになり、失神状態にありながらもなお、子供を守ろうとするのか。
怒りに任せて拳を振り上げ――
ぴたりと、頭上で手が止まる。
蓮は今、なんと言った?
月龍の子供と言った気がする。腹に在るのが、月龍の子だと。
不意に、叫びが脳裏に蘇る。
どうしてあなたの子供を殺すのと、蓮はたしかにそう言っていた。
憎ければ殺してもいいから、子供だけは助けて、いらないと言うなら他の人にあげてもいいからどうか産ませて――あなたの子供を、と。
途切れながら、幾度も繰り返された蓮の懇願を聞いてはいなかった。
けれど、耳には入っていたのだ。記憶していた脳が、多少の落ち着きを取り戻した月龍に、言葉の意味を知らせた。
――おれは一体、なにをした――?
慄然として、月龍は自分の口元を押さえる。
その手には、べっとりと血がこびりついていた。
月龍が唯一、心の底から愛した女性の血が。
「――蓮?」
床に膝をつき、倒れた蓮の肩をそっと掴んで、おそるおそる声をかける。
蓮の顔は激痛と恐怖のために歪んでいた。額にびっしりと浮かんだ玉の汗と頬に残る涙、そして溢れ出した血液が、見るも無残な姿を晒している。
腫れあがった口元が、小さく歪んだ。
「――殺さ、ないで――」
声にならぬ、掠れた空気の震え。
蓮のたった一つの願いであり、希望でもあった存在。自然と目は、蓮の下腹部へと向かい――
乱れた衣服から覘く、ほっそりとした白い足とその内腿を濡らす、床まで溢れ出した多量の血液を見る。
それは取り返しのつかないほどの出血だと――幼い命がこの世に現れることなく流れたことを物語っていた。
――月龍はまだ知らない。月龍が自らの破滅を決定づけたこの夜、彼の仕える王朝もまた、確実なる滅びの道に足を踏み出したことを。