第179話 華燭の典

文字数 943文字


 蓮が結婚を承諾してくれた。そう報告したときに亮が浮かべた表情は、複雑なものだった。
 本当に蓮が望んだのか、お前が腕力で言うことを聞かせたのではないか――そう詰られることを覚悟していた。
 けれど、顔にこそ不満げな色を乗せていたが、口から出た言葉は「そうか」と一言、淡白なものだった。

 あとは、「元譲殿に報告は?」や「日取りは決まったのか」などと実務的な質問があったのみ。
 蓮が由とすれば、自分の感情は飲みこむ。亮はそういう男だった。
 亮と添い遂げていたら、どれほど蓮は幸せになれただろう。思うほどに、蓮と亮、双方に申し訳なくなる。

 だがもう後戻りはできない。心情的にも、対外的にも。

 本来であれば、武功を立てて初めて許される事柄ではあった。けれど奮起するためにどうしても戦場へ向かう前に結婚したいと訴えた。戦場で必ず武功を立てるからと趙靖に約束をして。
 蓮のために必ず生きて帰る、その一言を喜んだ趙靖ならばおそらく、このような豪胆な申し出を受け入れてくれる。そう見越してだったのだから、我ながら卑怯ではあるのだけれど。

 蓮の妊娠があり、一度は急ぎで進んでいた話だ。それが再び動き始めたに過ぎないのだから、準備は思っていたよりもずっと早くできた。
 それでも、趙靖の許しを得てから半月余りで華燭の典までこぎつけたのは、異例の早さだった。
 規模も、とても趙家の公主のものとは思えない小さなものだ。宮殿ではなく、趙家の邸宅ですらなく、月龍の邸で行われる。
 急なこともあり、また国家存亡を駆けた時期であることも理由に数えられた。

 ――もっとも、最たる理由はそれではないのだけれど。

 小規模ながら、列席予定者は大物揃いだった。
 まずは花嫁の兄である趙靖と一族は、言わずと知れた外戚である。また、王は来られないけれど、今は王太子となった亮もいた。
 病床にあって列席できぬ養父に代わり、直属の上司である(ヘン)将軍が親代わりを務めてくれる。他にも、月龍の関係者と言えば文武を問わずに高官ばかりだ。
 さすがに(セツ)侯を呼ぶことはできないが、家を代表する形で蒼龍も出席する。
 無論彼は渋っていたが、顔を見せておけば後々蓮の有利に働くと言い含めて説得した。

 すべてが殊の外順調だった。――月龍と蓮の仲、以外においては。
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登場人物紹介

月龍《ユエルン》

古代中国、夏王朝の武官。

武に関しては並ぶ者なきと評される腕前。

無愛想で人の機微に疎い。

有力な宦官の孫として養子に入る。出生に秘密あり。

蓮《レン》

王の姪。王子の従妹。

穏やかだけれど型破りなところのある、小柄な少女。

月龍との出会いで、人生が一変する。


亮《リーアン》

夏王朝の第一王位継承者。

蓮のいとこ、月龍の親友。

亮を出産時に母が死亡し、妃を溺愛していた父王からは仇のように嫌われている。

絶世を冠するほどの美青年。頭脳明晰。

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