第193話 寂しかった
文字数 963文字
「――まだ起きていたのか」
考え込んでいたのが、知らず知らずのうちに長時間となっていたのだろう。出て行った月龍がそう早く帰ってくるはずもなく、起きているのを不思議がるほどの深夜なのだろうから。
「起きていてはいけませんか」
なんと可愛げのない返答か。自分が発した言葉ながらに思う。
流産以降、月龍に対して素直に振る舞うことができない。気がつくのはいつも、憎まれ口を叩いたあとだった。
月龍は返事につまり、やや間をとって苦笑する。
「そういうわけではないが――気に障る言い方をしてしまったか。すまない」
謝ってもらう必要などない。すぐに謝罪する月龍の、面倒事を避けるためにとりあえず謝っておこうという心中が透けて見える気がした。
きゅ、と唇を噛みしめる。急激に湧き上がってくる無性の切なさを、もう堪えられなかった。
さっと立ち上がり、俯いたままかけよると月龍の腕の中に飛び込む。
その寸前、月龍の体が強張り、身構えたのがわかって切なさが増した。
「――蓮?」
名を呼んでくる戸惑った声を、あえて無視する。答える代わりに、月龍の背中にぎゅっとしがみついた。
体温に、魂が震える。温かさが、蓮の瞳の表面を覆っていた氷を溶かしたように涙が零れ落ちた。
「どうした? なにかあったのか」
心配げな声に、答えられなかった。自分でも何故涙が止まらないのかわからない。
ただ抱きしめてほしいだけだった。婚儀の前に抱きしめてくれたときと同じように。
あのときも、月龍の温かさが肌に染み入ってくるような感覚がした。このまま離れたくない、ずっと抱きしめてほしいと縋りつこうとしたとき、引きはがされてしまったけれど。
「もしかして――寂しかったのか」
問いかけに、少し考えたあと小さく頷いた。
きっとそうなのだろう。寂しいから傍に居てほしかったのだし、抱きしめてほしいのだと思う。
月龍がそれを理解してくれたのなら、もう意地を張っている必要はない。
「――すまない」
笑声のような、嘆息のような吐息に、謝罪が乗る。
「おれはいつもこうだ。気がつかなくて――気が利かない」
自嘲気味な声と共に、月龍の手が蓮の肩にかけられる。
このまま、抱きしめてもらえると思っていた。他にはなにも考えられない状況だった。
けれど現実には、月龍の腕の長さの分だけ二人の体は離れていた。