第181話 蓮よりも
文字数 1,224文字
「今日の典礼は、公には結ばれるためのものだが、実際は別離のために行われるものだ」
目を見ることができずに視線を落とした先で、蓮の指がぴくりと反応するのが見えた。
「君が妻の役割を果たす必要はない。同居は続けるが、おれのことは従者か護衛だとでも思ってくれて構わない」
幼い頃から蓮は、従者達に囲まれて育っていた。そういう者達と引き離してしまった月龍がその役割を果たすのが、順当である。
「おれも、明日からは復職が決まっている。できるだけ帰宅を遅らせ、顔を合わせずに済むように配慮するつもりだ。最前線での任務を志望する旨も伝えてあるし、許可も得た。おそらく一月ほどで出征する」
蓮は声を出さない。ただ早口で条件を並べる月龍の言葉に、耳を傾けてくれている。
「武勲を立て、亮の面子を守り、恩情に報いた後はできるだけ早く戦死を遂げる」
真摯に語ったつもりではあったが、胡散臭さでも感じ取ったのだろうか。蓮がふっと、唇に皮肉な笑みを閃かせる。
「お互い、あまり実入りのいい話ではありませんね」
「そのようなことはない」
慌てて否定する。
「君の夫と呼ばれることは、おれにとってこれ以上はない栄光だ」
口走ったあとで、気づく。たしかに月龍にとっては栄光かもしれない。だが蓮にとっては「実入りのいい話ではない」のは事実だった。
「君も言っていただろう。おれが他の女と結婚しないか、幸せになるのではないかと。それを阻止し、かつ見張るためだと思えば、悪くない――だろう?」
だから我慢してくれとは、やはり身勝手ではあるのだろう。なにより、復讐心を利用してまで傍に居たいと願う浅ましさは、非難されても仕方がないものだった。
よくもそんなことが言えるものだとでも思ったのだろう。月龍を見上げた蓮が、くすりと笑みを洩らす。
「素直に、身分を得るためだと仰ればいいのに」
蓮が未だにそう思いこんでいるのは、月龍の言動のせいだとはわかっている。
結婚を申し込んだあのとき、それほどまでに身分が欲しいのかと問われて首肯した。
本心だった。
あのときほど切実に、身分があればと願ったことはない。
だがそれは、蓮の身分を欲したという意味ではなかった。あのとき月龍は、蓮「以上」の身分が欲しかったのだ。
蓮がただの町娘であれば、月龍に嫁ぐのは大変な立身となっただろう。
公主であるなら、それ以上の身分――たとえば亮のような立場にあれば、蓮の家筋を狙って近づいたとは思われずにすんだ。
どちらの形でもいい。月龍が蓮よりも高い身分でさえあれば、まだ想いを信じてくれる気になったのではないか。
あのとき、蓮が返答の意味を誤解したのは知っていた。
けれど、あえて正さなかった。正したところで信じてもらえるはずもなく、もし蓮が、お前に身分などやるものかと断れば、別離は形式的な結婚と引き換えの条件だから彼女と離れずにすむ。
姑息なことだ。どう返事をされようが、生きている間は蓮の傍を離れる気はなかったのだから。
目を見ることができずに視線を落とした先で、蓮の指がぴくりと反応するのが見えた。
「君が妻の役割を果たす必要はない。同居は続けるが、おれのことは従者か護衛だとでも思ってくれて構わない」
幼い頃から蓮は、従者達に囲まれて育っていた。そういう者達と引き離してしまった月龍がその役割を果たすのが、順当である。
「おれも、明日からは復職が決まっている。できるだけ帰宅を遅らせ、顔を合わせずに済むように配慮するつもりだ。最前線での任務を志望する旨も伝えてあるし、許可も得た。おそらく一月ほどで出征する」
蓮は声を出さない。ただ早口で条件を並べる月龍の言葉に、耳を傾けてくれている。
「武勲を立て、亮の面子を守り、恩情に報いた後はできるだけ早く戦死を遂げる」
真摯に語ったつもりではあったが、胡散臭さでも感じ取ったのだろうか。蓮がふっと、唇に皮肉な笑みを閃かせる。
「お互い、あまり実入りのいい話ではありませんね」
「そのようなことはない」
慌てて否定する。
「君の夫と呼ばれることは、おれにとってこれ以上はない栄光だ」
口走ったあとで、気づく。たしかに月龍にとっては栄光かもしれない。だが蓮にとっては「実入りのいい話ではない」のは事実だった。
「君も言っていただろう。おれが他の女と結婚しないか、幸せになるのではないかと。それを阻止し、かつ見張るためだと思えば、悪くない――だろう?」
だから我慢してくれとは、やはり身勝手ではあるのだろう。なにより、復讐心を利用してまで傍に居たいと願う浅ましさは、非難されても仕方がないものだった。
よくもそんなことが言えるものだとでも思ったのだろう。月龍を見上げた蓮が、くすりと笑みを洩らす。
「素直に、身分を得るためだと仰ればいいのに」
蓮が未だにそう思いこんでいるのは、月龍の言動のせいだとはわかっている。
結婚を申し込んだあのとき、それほどまでに身分が欲しいのかと問われて首肯した。
本心だった。
あのときほど切実に、身分があればと願ったことはない。
だがそれは、蓮の身分を欲したという意味ではなかった。あのとき月龍は、蓮「以上」の身分が欲しかったのだ。
蓮がただの町娘であれば、月龍に嫁ぐのは大変な立身となっただろう。
公主であるなら、それ以上の身分――たとえば亮のような立場にあれば、蓮の家筋を狙って近づいたとは思われずにすんだ。
どちらの形でもいい。月龍が蓮よりも高い身分でさえあれば、まだ想いを信じてくれる気になったのではないか。
あのとき、蓮が返答の意味を誤解したのは知っていた。
けれど、あえて正さなかった。正したところで信じてもらえるはずもなく、もし蓮が、お前に身分などやるものかと断れば、別離は形式的な結婚と引き換えの条件だから彼女と離れずにすむ。
姑息なことだ。どう返事をされようが、生きている間は蓮の傍を離れる気はなかったのだから。