第188話 列席者たち
文字数 1,503文字
華燭の典は、厳かに行われた。
国の要職にある高官達が列席している。彼らが身に纏う装束の金額を総計すれば、国家予算にも匹敵するのではないのだろうか。
それでも「公主の婚礼」にしては規模は小さく、控えめではあるけれど。
華やかな宴が繰り広げられる中、主役の一人でありながら蓮は、欝々とした気分で座っていた。
座ったままでも、壁を背にした中央の席からは部屋を一望できる。
席は左右に分かれて一列ずつ並んでいた。蓮から見て左手側の手前に趙靖と亮、そして数人の親族が続く。右手側に月龍の親代わりとして扁、親族として蒼龍が座っていた。
趙靖の顔には嬉しさと寂しさが浮かぶ。年が離れていることもあり、兄と言うよりは父親の心境に近いのだろう。
蒼龍は居心地の悪そうな顔だった。それはそうだろうと思う。顔立ちを見れば間違いなく月龍の縁者であることは知れるし、無頼者として薛朱公の名は知られていた。
すでに面通しでもされていたのか、扁将軍がうまく取り繕い、周囲にも説明してくれているようだが、それでも好奇の目に晒されることに変わりはない。
亮もやはり気になるのか、蒼龍を観察するような眼差しで睨みつけている。
その様子に気づけば平静でいられるはずもない。叩頭での礼をし、顔を伏せたままの蒼龍が憐れに見えた。
蓮や月龍のせいで辛い立場を強いられている。蒼龍に助け舟を出すにも身動きが取れず、蓮はただ亮に視線を送る。
敏い亮が気づかないはずもない。気配を察したのか蓮を振り向き、目が合った瞬間――笑みを刻んだ。
安心させようとして、蓮を気遣っての笑みではない。控えめながら、口元には本心からの喜びが見えた気がした。
どうして。
蓮には亮の気持ちが理解でいなかった。
亮は、蓮を好きだと言ってくれていた。蓮が居れば左右の妃すらいらないと。
その蓮が他の男と結婚するというのに、何故ああも嬉しそうに笑っているのだろう。
しかも相手は月龍だ。蓮に暴力を振るい、亮も憤っていた男のはずなのに。
とうとう亮にも見捨てられたのだろうか。言い様のない虚しさが胸に去来する。
主役の席に居ても、喧騒の中、人々の話声も漏れ聞こえた。
月龍の同僚、上官達だろうか。初めは皮肉っぽい目つきで月龍を見ていた二人の列席者が、次第に戸惑いの表情になり、最後には互いの顔を見合わせて肩を竦めた。
「どうせ身分見当てと思っていたが――あの邵が、あのような顔をしていては疑うこともできんな」
「ああ。邵があれほど素直に喜びを表す性質とは、ついぞ知らなかった。よほど嬉しいのであろうな」
そして二人で盃を合わせる姿が見えた。
それは嬉しいだろう。月龍は望み得る最良の形で身分を得たのだ。彼が浮かべる満面の笑みが何故、それによるものと列席者達が思わないのかが不思議でならない。
隣りを見ると、たしかに月龍が笑っていた。列席者達が言うように、極上の笑顔で。
――これが、私が彼に与えたものの成果だ。
自分にできる最大限のことをしたとは思うけれど、満足感も達成感もない。まるで重石を胸に乗せらたような苦しみがまとわりつく。
早く宴が終わればいいと思った。この形ばかりの婚姻を祝う人々が、蓮の不幸を喜んでいるようで苦々しかったから。
ずっと続けばいいとも思っていた。人目がある限り、月龍は蓮の夫を演じなければならない。他者が留まっている間は、二人は夫婦でいられる。
前者はともかく、後者の願いが叶うはずもない。それでなくとも列席者は高官ばかりで、皆多忙だ。
薄闇が空に帳を張り始める頃から、一人減り、二人減り、宵の始めには皆、邸宅を後にした。
残されたのは月龍と蓮、二人きり。