第59話 偽り
文字数 1,697文字
二人はそのまま、当然の成り行きのように流れて、褥を共にしていた。
これまでとは違い、蓮は月龍の動きに合わせて身をくねらせ、規則的に甲高い声を上げる。半開きの唇から、ちらりと白い歯が覗いていた。
甘い声が、月龍を官能の渦に飲みこもうとしているようだったけれど、ふと、不安になる。
「蓮――今日はどうした」
不意に動きを止める月龍を、ゆっくりと上げた薄目で見上げる。
「どうした――とは?」
乱れた息と、上気した頬。普通に見れば、蓮も歓んでくれている証に思える。
だが上げられる嬌声は、どこか不自然だった。
なにより、先日までとの違いに嫌でも気づかされる。
目と鼻の先、正面から蓮を見つめた。
「もしあのとき、おれが言ったことを気にしているのなら――おれを歓ばせるために演じているのなら、必要ない」
告げるのが、辛かった。先日の非道を、自分も蓮も思い出してしまう。
けれど言わぬまま、有耶無耶にもしたくなかった。もし蓮に誤解を抱かせてしまっているのならば、なんとしても撤回しなければならない。
ぴくんと、蓮の睫毛が震えた。
微かに開かれた目に、半瞬ほどだったが、怯えの色が浮かぶ。
「やはりそうか」
軽く嘆息するが、月龍が感じたのは喜色に近い感情だった。
無理をおしてなお傍に居たいと願い、それほどまでの蓮に愛されているのだと思えば、自己満足を禁じ得なかった。
「いえ、私は――」
「無理な演技は必要ない」
否定を遮り、蓮を深く抱きしめる。
「ただ、受け入れてくれるだけで、おれは充分――」
幸せだ。続ける代わりに、そっと耳元に口付けた。
月龍が作る精一杯の優しい声に、蓮の目が鋭くなる。
かつて一度も月龍に――否、他の誰に対しても向けられたことのない、険しい表情だった。
もしそれを目で確かめていたら、せめて感じ取れていたら、いかに月龍と言えども蓮の異変に気づいていただろう。
けれど今、月龍は幸せだった。
蓮の肩に顔を埋め、ぬくもりと自己中心的な愛情に酔いしれ、目を閉じている。蓮の様子に、気を配るだけの余裕はなかった。
自分が幸せなのだからきっと、相手も幸せなはずだ。陥りやすい錯覚と誤解が、月龍の心に目隠しをする。
「――否、これだけでも望みすぎなのかもしれない。もしこうやって抱かれるのが嫌なら、寄り添うだけでもいい」
月龍は想いを言葉にするのが苦手だった。きっと、言葉の選び方もうまくない。
けれど伝わったはずだと思いたい。なにも語らぬ月龍からでさえ愛情をくみ取ってくれた蓮ならば、きっとわかってくれたはずだ。
蓮の腕が、するりと月龍の首に巻きついてくる。
「私では――楽しめない?」
やんわりと頭を抱きしめてくれる蓮の温かさが、心身に染み入ってくる。
だが、柔らかな声音が告げた言葉は、無視できるものではなかった。はっとして、身を離す。
「それとも、口を噤んでいた方がいい? 嫌がる素振りをした方が、あなたは楽しめる?」
すぐ間近で覗きこんだ蓮の瞳が、潤んだ光と含んで揺れている。教示を請う目つきに、戸惑いだけではなくいいようのない不安に襲われた。
「違う。なにを言っている、君は」
不安が、語気を強くさせる。
蓮を抱く理由は、享楽のためではない。月龍が楽しむとかどうとか、そもそも問題が違った。
なのに蓮が、それを気にするとは。
もしかしたら、伝わっていないのかもしれない。急激に、肝が冷える。
「言ったはずだ。おれを歓ばせるためになどと考えなくていい。我慢など必要ない。おれは――」
「月龍」
そのままの君を愛している。
焦って言い募る月龍を、蓮が遮る。月龍の頬を両手で挟んで、小さく笑った。
「私なら大丈夫。だからお願い。焦らさないで、続けて……」
切なげな響きが、甘ったるい声に拍車をかける。月龍の顔をそっと引き寄せ、口付けてくれる蓮の柔らかさが、月龍の理性を奪った。
蓮が大丈夫だと言っているのだから、それでいいはずだ。
もう、なにも考えたくない。
欲に流され、身に迫る快楽に追いつめられ、月龍はただ夢中で蓮の体を抱いた。
――月龍はこのとき、幸せだった。
それが、偽りの彩りであることを知らずに――