第165話 いらない

文字数 799文字


「おれ達は何故、出会ってしまったのか」

 もし蓮と出会っていなければ、心を乱されることはなかっただろう。誰か無難な相手と婚姻していたかもしれない。愛などなくとも身分を手に入れ、それなりに充実した生活を送っていただろう。

 ――そのようなもの、いらない。

 月龍にとって、蓮はすべてだ。結果がどれだけ辛いものになったとしても、蓮と過ごした日々はかけがえのないものだった。
 けれど蓮は? 考えるまでもなく、答えは否だ。

 もし月龍と出会っていなければ、亮の正宮になっていただろう。もしかしたら今頃はもう、亮の子供を抱いていたかもしれない。夢のような幸せが待っていたはずだ。

 それを月龍が壊した。
 蓮のためには、二人は出会ってはいけなかったのだ。

「せめて君と亮が正式に結婚した後だったら――そうしたら、おれ達はこのようなことにはならなかったのに」
「――後悔なさっているの」
「ああ」

 掠れた蓮からの問いかけに、迷わず首肯する。

 自分が幸せになれるのではないかと錯覚したせいで、蓮の心身を傷つけた。
 愛されたいなどと願ったばかりに、蓮を不幸にした。

 わかっているというのに、それでもなお、傍に居たいと願ってしまうことの愚かしさを噛みしめる。

「それよりも、疲れただろう?」

 軽く嘆息して、気分を落ち着ける。

「長々と付き合わせてすまない。体に障るだろうから、もう休んだ方がいい」

 本当は手を添え、臥牀に横たわらせるつもりだった。けれどこれ以上、笑顔の仮面をかぶり続けられる自信がない。
 泣き崩れてしまう前に、立ち去らなければならなかった。
 背中に感じる視線が痛い。鋭く睨み据えてくる蓮の目が、容易に想像できた。

 この詭弁の士、偽善者の皮をかぶった獣が。
 罵倒する声さえ聞こえるようだった。足を速めたのは、逃げたい一心の表れに他ならない。


 だから現実の姿――悲しげな表情で瞳を揺らしている蓮の姿など、想像だにできなかった。
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登場人物紹介

月龍《ユエルン》

古代中国、夏王朝の武官。

武に関しては並ぶ者なきと評される腕前。

無愛想で人の機微に疎い。

有力な宦官の孫として養子に入る。出生に秘密あり。

蓮《レン》

王の姪。王子の従妹。

穏やかだけれど型破りなところのある、小柄な少女。

月龍との出会いで、人生が一変する。


亮《リーアン》

夏王朝の第一王位継承者。

蓮のいとこ、月龍の親友。

亮を出産時に母が死亡し、妃を溺愛していた父王からは仇のように嫌われている。

絶世を冠するほどの美青年。頭脳明晰。

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