第95話 願い
文字数 988文字
趙靖の言い分は、逐一もっともだった。その心情も、充分に理解できるものではある。
――だがそのせいで、蓮と拗れてしまった。
趙靖が余計なことを言ったたからだと、恨むのは筋違いだ。逆恨みだと、自分でもわかる。
足りなかったのは、月龍の覚悟だ。
亮から、趙靖の揺さぶりがあるはずだから負けるなと忠告をもらっていたのに。人柄についても知らされていたのに。
偏に、月龍の胆力不足がこの事態を招いたのだ。
――けれど、蓮との婚姻は許された。これから先も、一緒に居られる。
ずっと、蓮が傍に居てくれる。
この事実だけで、嬉しかった。長い時を共に過ごせば、いずれ蓮も心を開いてくれる。そう期待することはできる。
虚しさが払拭されたわけではない。それでも安堵は感じた。
よかったと声を上げて喜べる立場ではないが、それでも喜色は隠しきれない。口元が緩むのを感じながら、隣りにいる蓮を振り向く。
蓮の横顔にも、安堵が浮かんでいた。
けれど脱力した表情に、喜びは見えない。
理解せざるを得なかった。蓮はたしかに、安堵はしたのだろう。だがそれは、月龍と一緒になれる嬉しさからではない。
趙靖が月龍に殺されずにすんだ、そのことへの安堵だった。
思い返してみれば、蓮が焦燥感と共に平伏したとき、月龍は一層のこと蓮を攫って逃げようか、などと考えていた。
不穏さが、顔に現れていたのかもしれない。蓮はそれを見て、趙靖を殺す算段を立て始めたの思ったのだろう。
月龍がこれほど嬉しく思っているのに、ほんのわずかも感情を共有できないとは。
胃が痛い。悔しさが込み上げてくる。幾重にも重なった自らの失敗が、悔やんでも悔やみきれない。
本当に、今からでも取り返しはつくのだろうか。不安よりも絶望に近い感情に支配される。
けれど――否、だからこそ。
「ほら、蓮。なにをぼうっとしている。祝宴の準備をしてくれ」
もうすでに料理は用意させているがな。悪戯めいた発言が、初めから二人のことを許すつもりであったことを物語っていた。
趙靖に促されて、はっと我に返ったように立ち上がる。一礼をして去る蓮の後ろ姿を見送って、息をついた。
これからまた、非常識なことを口にしなければならない。新たに、気合を入れる。
「元譲様」
呼びかけに応じる、うん、という先ほどと同様の軽い返事に、再び叩頭する。
「どうしても、お願いしたい儀がございます」