第182話 美しき憂色
文字数 1,075文字
浅ましい想いも、卑怯な行いも自覚していた。
その上で、さらに続ける。
「信じてほしい、などと言うつもりはない。――今はまだ」
「今は?」
自嘲のために笑みを洩らす月龍に、蓮は訝しげに眉をひそめる。
「おれが死んだあとでいい。本当に死ねば、命を賭して愛していた証明になる。だからそのとき、おれが本気であったとわかってもらえれば充分だ」
たとえ自分が死んだ後でも、それによって蓮の自信が回復すればいい。
たとえ月龍程度の低俗な男であったとしても、人ひとりが命を賭けて愛するほどの魅力があるのだと自覚してくれれば、次に始まる蒼龍との生活もよりよい方向へと進むだろう。
蓮の頬が硬直する。
何故かそれを見ていられなくて、一度は上げていた目を再び伏せた。
「だから、君も約束してほしい。おれが居なくなった後、必ず幸せになると。ずっと君を不幸にしてばかりだったけれど、最後に幸せを贈ることができたのだと、心置きなく死んでいけるように」
蓮は自ら手を下そうとしてまで、月龍の死を願った。生来の優しさ故に果たせなかったけれど、おかげで月龍は彼女の望みを知ることができた。
それを叶えてあげようというのだから、きっと喜んでくれるはずだ。
笑顔を期待して目を上げ――そこに見た蓮の涙に戸惑う。
「――蓮?」
嬉し涙には見えなかった。歪んだ眉の下、大きな瞳から透明な滴が零れ落ちる。
涙の理由が、理解できなかった。今日の儀式さえ我慢すれば、実質、蓮は自由の身になる。名目上月龍の妻とはなってしまうが、蓮が恋い慕う蒼龍と会うことに制約はない。
むしろ、夫の兄弟を歓待するという理由で、今よりももっと堂々と会えるようになる。
なのに何故――考えて、ようやく思い至る。
蓮は生真面目で、律儀なところがあった。名前だけでも他人のものとなることを、蒼龍に後ろめたく思っているのかもしれない。
「心配はいらない」
なるべく優しく見えるように笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み寄る。
「蒼龍はそれほど狭量な男ではない。この結婚も許してくれているし、君を幸せにすると約束してくれた」
安心してほしくて言葉を並べるのに、蓮の表情には僅かな安堵も見えない。月龍に視点を合わせたまま、静かに涙を流し続ける。
頬を伝う滴も、月龍を見つめてくる双眸も、やけに美しかった。
美しいけれど、それだけに憂色が際立って見える。すべて月龍のせいだと思えば、自責の念に襲われた。
なのに、まっすぐな瞳で見つめてくれることを喜んでしまう自分がいる。
我ながら度し難い。思いながらも、気がついたときにはすでに蓮の肩を抱き寄せていた。
その上で、さらに続ける。
「信じてほしい、などと言うつもりはない。――今はまだ」
「今は?」
自嘲のために笑みを洩らす月龍に、蓮は訝しげに眉をひそめる。
「おれが死んだあとでいい。本当に死ねば、命を賭して愛していた証明になる。だからそのとき、おれが本気であったとわかってもらえれば充分だ」
たとえ自分が死んだ後でも、それによって蓮の自信が回復すればいい。
たとえ月龍程度の低俗な男であったとしても、人ひとりが命を賭けて愛するほどの魅力があるのだと自覚してくれれば、次に始まる蒼龍との生活もよりよい方向へと進むだろう。
蓮の頬が硬直する。
何故かそれを見ていられなくて、一度は上げていた目を再び伏せた。
「だから、君も約束してほしい。おれが居なくなった後、必ず幸せになると。ずっと君を不幸にしてばかりだったけれど、最後に幸せを贈ることができたのだと、心置きなく死んでいけるように」
蓮は自ら手を下そうとしてまで、月龍の死を願った。生来の優しさ故に果たせなかったけれど、おかげで月龍は彼女の望みを知ることができた。
それを叶えてあげようというのだから、きっと喜んでくれるはずだ。
笑顔を期待して目を上げ――そこに見た蓮の涙に戸惑う。
「――蓮?」
嬉し涙には見えなかった。歪んだ眉の下、大きな瞳から透明な滴が零れ落ちる。
涙の理由が、理解できなかった。今日の儀式さえ我慢すれば、実質、蓮は自由の身になる。名目上月龍の妻とはなってしまうが、蓮が恋い慕う蒼龍と会うことに制約はない。
むしろ、夫の兄弟を歓待するという理由で、今よりももっと堂々と会えるようになる。
なのに何故――考えて、ようやく思い至る。
蓮は生真面目で、律儀なところがあった。名前だけでも他人のものとなることを、蒼龍に後ろめたく思っているのかもしれない。
「心配はいらない」
なるべく優しく見えるように笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み寄る。
「蒼龍はそれほど狭量な男ではない。この結婚も許してくれているし、君を幸せにすると約束してくれた」
安心してほしくて言葉を並べるのに、蓮の表情には僅かな安堵も見えない。月龍に視点を合わせたまま、静かに涙を流し続ける。
頬を伝う滴も、月龍を見つめてくる双眸も、やけに美しかった。
美しいけれど、それだけに憂色が際立って見える。すべて月龍のせいだと思えば、自責の念に襲われた。
なのに、まっすぐな瞳で見つめてくれることを喜んでしまう自分がいる。
我ながら度し難い。思いながらも、気がついたときにはすでに蓮の肩を抱き寄せていた。