第219話 深夜
文字数 1,674文字
三人での、奇妙な共同生活は続いている。
寒梅が殺されそうになってから、十日ほど経っただろうか。臥牀に身を横たえながら考える。
蓮の前でも一度、月龍は寒梅に頭を下げていた。あのような真似はもう二度としない、そう誓って許しを得ていた。
ならばまた寒梅の元に通うようになると思っていたのだが、以後、月龍は訪ねるのをやめてしまった。
やはり蓮の口添えは余計なことだったのだろうか。蓮の気に入った相手ならばと、月龍は対象を変えたのかもしれない。
口出しをしなければよかった。いずれ月龍が他の女性と恋仲になるなら、寒梅がいいと思っていたのは事実だったから。あの紫玉のような女が相手となったら、より辛い目に合わされるのはわかりきっている。
けれど寒梅も寒梅で、月龍の来訪がなくなったことに寂しさを覚えた様子はない。月龍もいる三人のときには、礼儀正しくも距離を置いた態度をしている。
蓮と二人だけのときはそれよりは少し砕けた様子で笑顔を見せてくれるが、何処か一歩退いているようにも思えた。
あの日打ち解け、これからもっと仲良くなれると期待していただけに寂しい。
――寂しく思うのはいつも、蓮一人だけだった。
寒梅はつつがなく日常を送っている。月龍もまた、変わらぬ態度を続けていた。
相変わらずなにを考えているのかわからない作り笑いを貼りつけ、穏やかな声で他愛ない一日の出来事を話す。
ひとつふたつ相槌を打ってやると、それだけで「ありがとう」と礼を口にするのがまた、不思議だった。
寒梅が離れに戻った後は、なにもすることがないので引き篭もる。
窓際に腰かけ、晴れた日には月や星を、雨の日には暗がりの中落ちていく水滴たちを見つめていた。飽きて疲れたら臥牀に潜りこむ。
横になり、こうやって意味のないことを考え巡らせながら眠りに落ちる――そのくり返しだった。
寒梅が戻り、蓮が寝所に引き篭もったあと、月龍がどうしているのかはわからない。
邸を出て行く気配はない。一人居間に残り、酒でも飲んでいるのだろうか。ただ時間を潰すため、蓮と顔を合わせる時間を少なくするために。
月龍はそうやって、蓮と二人きりになるのを極力避けている。
以前月龍に言われたことがあった。おれのためでは美しく装うこともできないのかと。
だから化粧をするようになった。華燭の典で着飾り、化粧を施した顔を綺麗だと褒めてくれたから。
月龍にもらった柘榴石の髪飾りもつけている。似合うと思って贈ってくれたものだろうから。
けれど月龍は、それら蓮の努力を見もしない。
そもそも寒梅の前で夫婦を演じなければならないのが嫌ならば、彼女を食卓に同席させなければいいのに。そうしたらああやって話しかけることもせず、蓮と顔を合わせる時間をもっと短くできる。
否、寒梅を家に戻せばいいのだ。家のことは蓮もできる。人目がなければ寝所を分けても不仲を囁かれることもない。月龍も臥牀でゆっくり休めるはずなのに。
以前から時折あったことだけれど、ここ数日はとくに顔色が悪いような気がする。目の下にうっすら、隈も見えた。よく眠れていないのではないか。
やはり、牀では疲れも取れないのだろう。意地を張らず、蓮と共に眠れば――それが嫌なら、どうせ寝所までは寒梅も入って来ない、客間の臥牀で休めばいいだけだ。
断られ続けたからもう言わなくなったけれど、明日、もう一度提案してみようか。疲れが取れなければ体力が落ちる、体力のない武官など役に立たない、と。
そうやって侮辱とも取れる言葉を吐けば、矜持からしっかり休める方法を選ぶのではないか。
こと、と沓音が聞こえた。ごく微かな音。日中であればきっと、聞き逃していただろう。
静寂な夜の闇の中だったから、その微かな音さえも蓮の耳に届いた。
月龍が戻ってきたのか。押し殺した足音が近づいてきた。
牀は、蓮が横になっている臥牀とは反対側の壁際にあった。入口から入り、中央までやってきたらそのまま離れていくはずだ。
――そのはずなのに、さらに近づいてくる。
月龍が足を止めたのは、臥牀の横だった。