第146話 類似
文字数 1,735文字
「ひとまずは、おめでとうと言っておくか」
宿の一室、蒼龍が借りた部屋につき、卓を挟んで向かい合って座る。その、開口一番の蒼龍の台詞だった。
用意された盃の中身を、少しだけ口に含んでいた月龍は、はっと目を上げる。口の中にある酒が、驚いた拍子に喉の奥へと流れ込もうとした。
それをこらえ、もう一度舌の上で確かめる。どうやら、変なものは混じっていないようだった。
改めて酒を飲み下し、自分と同じ顔をした男を正面から見た。
「知っているのか、蓮のことを」
確信を持っているらしい蒼龍に、とぼけても無駄だろうと覚悟を決める。
亮と嬋玉、あとは趙靖夫妻しか知らぬはずの、極秘事項。月龍と蓮が正式に結婚するまでは伏せていた方がいいという、亮の配慮だった。
もちろん、華燭の典の準備は水面下で進められていた。なにせ、蓮の腹が目立つようになる前にやり遂げなければならない。
それらの動きを感知されたのだろうか。どこからともなく情報を仕入れてくるこの男のことだから、あり得る話だった。
「聞かされたときには、さすがに驚きはしたがな」
肩を竦め、目の高さまで盃を持ち上げる。乾杯、とでも言いたそうな、芝居がかった仕草だった。
眉間に、力が入る。
蒼龍は「知った」ではなく「聞かされた」と言った。ならば情報を得ようとかき集めた結果ではないということだろうか。
蒼龍の存在と所在を知っていて、なおかつ蓮の妊娠を知っている人物は、一人しかいない。
――蓮本人。
蓮の妊娠がわかってからまだ、一月あまり。その間に蓮は、この男と会ったのだろうか。
それもまた門衛を欺き、二人きりで。
思えば、嫉妬が掻き立てられた。
けれど、月龍の子を宿したことをわざわざ危険を冒してまで蒼龍に会い、告げたのは、決別を宣言するためではないのか。思うことで、溜飲を下げる。
「血の繋がりなど煩わしいだけだと思っていたが、案外嬉しいものだな」
盃に寄せた唇が、わずかに笑みを模っている。
顔形だけならば、蒼龍のそれは月龍とほぼ同じだった。
けれど纏う空気はまるで違う。
初めて会ったときも、彼は華美な簪を差していた。月龍ならばとても似合わぬものだというのに、蒼龍は違和感なく着こなしている。
これが、育ちの差か。軽く伏せた目元に、月龍にはない色気を見つける。
――ああ、そうか。不意に気づく。蒼龍は亮に似ているのだと。
姿形の問題ではない。所作や目つき、醸し出す印象が亮と重なる。
この男を前にすれば、蓮の心が揺らぐのも無理はない気がした。
「たしかに、その通りだ」
胸に去来する悋気を飲みこみ、首肯する。
実際、先ほど蒼龍が口にした言葉は、月龍の心中を代弁したのかと思うくらいの同意があった。
幼い頃から身元が知れなかった月龍にとって、家も血筋もなんの関係がないと思っていた。子供も希望していなかった。
けれどそれが現実にもたらされたとき、喜びに打ち震えたことを思い出す。
「お前にとっても、甥か姪にあたる子だからな」
月龍と蒼龍は決して、仲の良い兄弟ではない。むしろ憎しみを募らせ合う仲だ。
それでも叔父となることに喜びを覚えるのだろうか。
生じたのは、違和感と言うよりも危機感だった。嫌な予感などと呼ぶのもはばかられる、うすら寒さに背中を襲われる。
「鈍いなぁ」
揶揄する響きは、月龍の直感を裏づけるものか。亮がよくやる、片眉を跳ね上げた呆れの表情を、正面から睨みつける。
「あなたがそう思いこんでいるのならば、その方がいいのかもしれないが」
「――どういう意味だ」
肩を大仰に竦めて見せる仕草は、かなり芝居がかっていた。
こういうところだ。一度気づいてしまえば、否が応でも亮との類似を見てしまう。
亮がこういった態度に出るのは、苛立ちの発露であることが多い。月龍の鈍さを非難し、過ちを思い知らせて正してくれる。侮蔑するように見えて、そこには月龍への情があった。
けれど蒼龍が、月龍に情を抱くわけがない。ならば表面に見える通り、侮辱するだけのつもりなのだろう。
逃げろ。頭の中で鳴るのは、本能が発する忠告。
戯言になど耳を貸す必要はない。今すぐ立ち上がり、この場をあとにするべきだ。
――頭の片隅で揺らめく、その可能性に気がつく前に。