第128話 暴露

文字数 997文字


 手首に巻きつけた包布を見つめて、月龍は嘆息する。
 酷いことをした。昨夜のことを思い返し、猛省する。無意味な虐待だったと、朝目覚めたときに初めて自覚したのだから度し難い。
 けれどあのときは、互いの血を飲み合うことで一つになれるのだと思いこんでいた。蓮の血液と共に彼女を体内に取り込む錯覚に陥っていた。
 蓮が月龍のものであるばかりではなく、その逆もまたそうなのだと思うことが幸せだった。その証となる儀式を、蓮も喜んでくれていると。

 ――今朝、蓮の手首の傷を治療するまでは。

 決して深い傷ではなかったけれど、流れ出した血液の影響を受けて顔は蒼白に染まっていた。
 これまでも暴力を振るっていたことは事実だ。そしてとうとう、昨夜は刃物まで持ち出した。
 このままではいずれ、本当に蓮を殺してしまうのではないかとぞっとする。

 おそらく今日も帰ったら、蓮を殴って犯すのだろう。自分の行動が怖くて帰路に着く足取りが重くなるとは、愚かなことだ。

(ショウ)様」

 重い足を引きずりながら、それでも蓮の元へと帰るために足を動かす月龍を引き留めたのは、涼やかな響きだった。
 覚えのある声に、振り向きもしない。

「蓮公主とうまくいっていらっしゃらないの? お顔色が優れませんけれど」

 皮肉にも、足を止めない。
 以前ならば、お前になど関係ない、とくらいは吐き捨てていたかもしれない。だが相手は紫玉――よからぬ女だ。問答だけでも穢れる気がして、目もやらない。

「仕方ありませんわね。私が、あのようなことを申し上げてしまったから」

 眼中になしと態度で語って見せるのに、紫玉の声は余裕の笑みを含んだままだった。
 口にされた、意味深長な言葉がさすがに気にかかる。

「――どういう意味だ」

 罠だと思わないでもなかったけれど、問いかけるのと同時に足は止まる。
 以前、蓮に注意喚起したことがあった。悪意を持って二人を引き裂こうとする人間がいる、と。
 その筆頭として紫玉の名を出していたので、蓮が彼女の言葉を鵜呑みにしたとも思えない。
 それでも、なにかしらの影響を与えた可能性はあった。

「公主はお元気でいらっしゃいますか? もう数カ月、お姿をお見かけしておらず心配で」
「蓮になんと言ったのかと訊いている」
「なにも知らないお可哀想な公主に、事実を教えて差し上げただけです」
「事実?」
「ええ。私と邵様の、あの夕刻の出来事を」

 発せられた言葉に、愕然とした。
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登場人物紹介

月龍《ユエルン》

古代中国、夏王朝の武官。

武に関しては並ぶ者なきと評される腕前。

無愛想で人の機微に疎い。

有力な宦官の孫として養子に入る。出生に秘密あり。

蓮《レン》

王の姪。王子の従妹。

穏やかだけれど型破りなところのある、小柄な少女。

月龍との出会いで、人生が一変する。


亮《リーアン》

夏王朝の第一王位継承者。

蓮のいとこ、月龍の親友。

亮を出産時に母が死亡し、妃を溺愛していた父王からは仇のように嫌われている。

絶世を冠するほどの美青年。頭脳明晰。

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