第185話 正義漢

文字数 811文字


「――邵、殿――?」

 蒼龍には予想通りだったけれど、目前の男にとってはそうではあるまい。笑みを浮かべて寄ってくる月龍を、目を丸くして見つめていた。
 いたずらな視線で目配せをしたあと、月龍は蒼龍の横に立って肩を抱く。

(ヘン)閣下、ご紹介致します。こちらは薛侯のご令息で、朱公(シュコウ)殿と申される。本日は、私と公主のために来てくださった」

 扁閣下、と月龍は言った。
 名は蒼龍でも知っている。禁軍の将だ。そして、月龍の直属の上官である。
 決して体は大きくない。柔和な表情も武人らしくはなく、文官かと思っていた。
 だが言われてみれば、たしかに身のこなしに無駄がない。名を馳せた将軍と聞けば、納得もできる。

「薛侯の?」

 訝しげな問い返しは、もっともなものだ。薛は決して、朝廷に従順ではない。領地が遠いのを言い訳に、年に一度、挨拶に顔を出すぐらいだった。
 税や王への貢物を欠かすことはなかったが、反乱を起こした天乙寄りの態度も知られている。その子息である蒼龍が、朝廷の武官が催す華燭の典に列席するのは、不思議だろう。
 また、蒼龍の悪評はここまで届いているらしい。これが噂に聞くあの放蕩者か、扁将軍の目がそう語っているように見えたのは、後ろ暗さのせいだろうか。

「しかし、それにしても――なんというか、邵殿に似ておられる」

 扁が口にしたのは、多くあるはずの疑問の内でもっとも目につきやすく、訊ねやすいものだった。

「似ていて当然です。彼は私の、双子の兄弟ですから」

 蒼龍が答えるよりも早く、月龍が躊躇いもなく答えた。ふと目を向けると、月龍がやはりあの取り繕ったような穏やかさで笑っている。

「双子? では貴官も薛侯のご令息ということではないか!」

 驚きのために上げられた扁の声には、怒気が含まれている。

「何故今まで黙っていた。それを公にしてさえいれば、貴官が謂れのない中傷や屈辱に耐える必要はなかっただろうに」

 それは月龍を気遣うあまりに出た憤りだった。
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登場人物紹介

月龍《ユエルン》

古代中国、夏王朝の武官。

武に関しては並ぶ者なきと評される腕前。

無愛想で人の機微に疎い。

有力な宦官の孫として養子に入る。出生に秘密あり。

蓮《レン》

王の姪。王子の従妹。

穏やかだけれど型破りなところのある、小柄な少女。

月龍との出会いで、人生が一変する。


亮《リーアン》

夏王朝の第一王位継承者。

蓮のいとこ、月龍の親友。

亮を出産時に母が死亡し、妃を溺愛していた父王からは仇のように嫌われている。

絶世を冠するほどの美青年。頭脳明晰。

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