第3話 不如意

文字数 1,146文字


 頬杖をつき、窓の外を眺めてはため息を落とす。
 部屋の中に目を転じては、嘆息する。

「いい加減にしないか、月龍(ユエルン)

 さすがに腹に据えかねて、声をかけた。

「これで何度目だ。そうため息ばかり吐いていては、息を吸う暇もないのではないか」

 (リーアン)の皮肉に、月龍が眉をひそめる。

 そもそも話は、月龍の一目惚れから始まった。
 何でも郊外で迷っていた女と出会い、邑まで送ったのだと言う。
 館の前まで送ると申し出たものの、もう道はわかるからと断られ、結局は名もわからぬままに別れたらしい。

 だがその相手が判明するまで、ほんの一刻しかかからなかった。
 月龍が己の身に起こったことを真っ先に話すとすれば、亮しかいない。常ではありえぬ饒舌ぶりで運命的な出会いを語り、相手の特徴を並べ始めた頃、彼女の方から姿を現したのだ。

 少女の名は、(レン)。亮の従姉妹だった。

 公主と呼ばれる立場にありながら、蓮は度々、型破りなことをやってのける。
 道に迷ったのも、市場に出た時に従者の目を盗んで抜け出したせいなのだから、呆れたものだ。


 月龍はそれまで、「蓮公主」を毛嫌いしていた。
 何かの儀式の折りに見かけた蓮が、如何にも公主然とした美女に見えて、苦手意識をもっていたと聞く。
 自らの出自に劣等感を抱く月龍には、身分の高さを鼻にかけた厭な女に見えたらしい。

 だが公を離れた蓮は、未だあどけなさの残る少女だった。
 普段は化粧もせず、髪も上部を丸くまとめただけで、下ろしている。おそらくは父王に反発し、だらしない格好を気取っては、髪を結いもしない亮の真似もあるのだろう。

 幼い頃から亮と蓮は、兄妹のように過ごしてきた。
 同じく、幼少時代を亮と共にした月龍と面識がないのはおかしなことだが、理由は簡単である。前述のように毛嫌いしていた月龍が、徹底的に蓮を避けていたのだ。

 だが蓮の方は、月龍の顔を見知っていた。亮の友人だからと気にかけていたのもあれば、月龍自身、よくも悪くも有名だから当然である。
 むしろ、髪を結い化粧した姿しか知らぬとはいえ、気づかなかった月龍が鈍いのだ。
 蓮の髪は茶色がかった、独特な色をしている。亮もそうだが、家系的に多いらしい。
他にいないわけではないが珍しいことに変わりはなく、亮に印象の似た姿に、血縁関係を疑ってみるのは難しい発想ではなかった。

 要は、簡単なはずの推測すらできぬほどに、心を奪われていたということだろう。

 (しょう)様も訪ねていらっしゃるのなら、遠慮などせずに、こちらまでお連れ頂けばよかったと、蓮は悪戯に笑う。
 惚とした眼差しで、それを眺める月龍を見るだけで、名も訊けずにうろたえていた姿を想像するのは、容易だった。

 それ以来、いつ訪ねて来るかもわからぬ蓮を、亮の部屋で待つようになったのだからたまらない。
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登場人物紹介

月龍《ユエルン》

古代中国、夏王朝の武官。

武に関しては並ぶ者なきと評される腕前。

無愛想で人の機微に疎い。

有力な宦官の孫として養子に入る。出生に秘密あり。

蓮《レン》

王の姪。王子の従妹。

穏やかだけれど型破りなところのある、小柄な少女。

月龍との出会いで、人生が一変する。


亮《リーアン》

夏王朝の第一王位継承者。

蓮のいとこ、月龍の親友。

亮を出産時に母が死亡し、妃を溺愛していた父王からは仇のように嫌われている。

絶世を冠するほどの美青年。頭脳明晰。

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