邂逅の中(1)

文字数 4,061文字

 高台にある地上連絡通路の入り口からは、遠目にシティを見下ろせた。街の中心に大きな岩が横たわり、その下や周辺では大変な惨状が広がっていることが容易に想像できた。
 いったいどれだけの人が死んだのだろう、誰もがただ呆然と眺めながらそう思うしかなかった。
「戦闘準備!ケガレが出てきたら即座に迎撃せよ」
 イカルの声に、そこにいる兵士が全員、HKIー500を構えて襲撃に備えた。扉に向かって、右翼にイスカ班、左翼にエナガ班、前面にクイナ班を配置し、イカル班は後方に陣取っていた。どれだけのケガレが出てきても、とりあえず対応できる陣形を展開したつもりだった。
 この救援隊の指揮はイカルが執っていた。それは単純にこの場にいる四班の中で、イカルの班が訓練中の成績、特に模擬戦の戦績が一番良いためだった。
 訓練中の班対抗の模擬戦では、実弾を使用することはないが、センサーで射撃の的中が高感度で判定される実戦さながらの戦闘が行われた。
 常に士気の高いノスリ班や班員の統制のとれたトビ班は、他の班との戦闘にはあまり負けることはなかったが、イカルの班と対戦すると、たいていイカルの班が勝った。
 それは、イカルが、陣形や戦況の読み方など講義で習得した知識を的確に活用したことはもちろんだったが、自然に状況を把握して、兵士を適した地点に配置させることができたためでもあった。
 毎回、他の班は、イカルの班と対峙した際に、最初は良好な戦況を得る。しかし次第にイカルの自在な用兵に、ごく自然な流れで戦況を悪化させていく。
 イカルの戦闘指揮の特徴は、センサーが射撃されたと感知して退場させられる兵士の数が際立って少ないことが挙げられる。それは敵味方を問わずのことだった。
 たいていの場合、イカル班と対峙した班は、相手の手応えのなさに進行をつづける。しかし次第に情報を攪乱されて、敵の位置が正確に把握できなくなり、進退に窮するようになった挙句、いつの間にか取り囲まれて、降参するしか手がなくなる状況に陥ってしまう、そんなことが多かった。
 副官であるツグミをはじめイカル班の班員は、そんなイカルの用兵に全幅の信頼を寄せるようになり、それが更に円滑な用兵へとつながっていた。
 イカルは、自分の横にピタリと貼りつくように並んで立っているツグミを横目で見た。ツグミの目は他の誰よりも殺気立っていた。
「あまり気負うなよ。間違っても味方を撃つなよ」
 こんな状況でも軽口を叩ける自分が思いの他、落ち着いていることを察してイカルは少し意外に思った。これもいつもと同じようにツグミがそばにいてくれるお陰なのだろうか、とふと思った。
「イカルの、事は、私が、守る。イカルは、指揮を執る、ことだけに、集中して」
 ツグミはただまっすぐに鉄扉を見つめて言った。その自信がどこから来るのか分からなかったが、その思いの強さだけはその顔つきや身にまとう雰囲気から察せられた。イカルは、次第に高まっていく周囲の緊張感とは裏腹に、更に気持ちが落ち着いていく気がした。
 イカルの班も他の班と同じように対ケガレの戦闘は初めての経験だ。しかし他の班はおおむね治安維持のために、小規模だが武装集団や不穏な、あくまでも首脳部の判断で不穏と指定された思想を持つ集団との戦闘行為を経験したことがあった。そんな場合、決まってイカルの班は後方支援に回された。どの戦闘でも一発の弾も撃ったことがなかった。それがなぜなのかは彼には分からなかったが、ただの巡り合わせ、たまたまだ、と自分に言い聞かせていた。
 イカルは自分たちの左前方に展開するエナガ班の様子を眺めた。
 班長のエナガはイスカやクイナと同じようにイカルと同期入隊だった。常に冗談を言ってはぐらかすお調子者、そんな印象を誰もが持っていた。生真面目なイカルとは正反対のような気質であったが、仲は良い方だった。あまり真面目な、真剣な話をする相手ではなかったが、一緒にいて気をつかう必要がないので、気安く接することができた。
 そんな班長の気質が影響してかエナガ班には緊張感があまり感じられなかった。まるでただの訓練に臨むように、無駄口をたたきながら待機している。 
 そんなエナガ班の様子を眺めながら、逆にイカルは顔つきを更に引き締めた。落ち着いてはいたが、自分の指揮次第でここにいる兵士たちの生死が左右されかねない思いがにじみ出ていた。そんなイカルの様子に、ツグミがより身体を近づけながら言った。
「これから何が、起こるか、分からないわ。でも、どんな時も、あなたは、生き残らないと、いけない。だから、無理は、しないで、お願い。あたしは、あなたが、生き残るためなら、何だって、するわ。本当に、何でも、するからね」
 こいつは時々訳の分からないことを言う、と思いつつ、ツグミが自分を大切に思っている、ということだけは分かった。だからイカルはしっかりと前を向いて指揮を執ることに集中しようとした。自分が正気を失くせば兵士の士気に関わる。それだけは避けないといけない。自分を含めて今回編成された部隊はみな若者だ。少しのことで、もろくも壊滅して収拾がつかなくなる可能性だってある。何より士気を大切にし、あまり複雑な指示は出さないように、普段の訓練で磨いた能力で対応できるような指示を出さなければ、イカルの頭の中ではそんなことが考えられていた。
 巨大な鉄扉がゆっくりと開きはじめた。内部に立ち込めていた砂煙や淀んだ空気が生臭さをまとい、ねっとりとした重さをもって、地を這い外に流れ出て、兵士たちの身体を撫でていった。
 そこにいる全員が扉の内部、まだ視界がぼやけて見づらい内部の様子を凝視していた。
 鉄扉が半分も開かないうちに、内部から負傷した兵士が数名、身体を引きずりながら姿を現した。
「クイナ班、負傷者を収容。応急処置の後、病院に運べ」
 内部には五十名以上の兵士がいたはずだった。しかし出てきた兵士はまだ四人。
「今、出てきた奴らから内部の様子を聴取してきてくれ」
 イカルは班員の一人に言った。言われた班員はクイナ班の方へと駆けて行った。
「イスカ班、迎撃態勢を取ったまま入り口付近で待機。合図とともに内部へ進行しろ。その後にエナガ班が続け。我が班は扉前面で後方支援に当たる」
 即座にイスカ班々員が鉄扉の開き続ける入り口の両側に走り寄った。
 イスカ班に続いてエナガ班も前進していく。すぐにイスカ、エナガ両班の、内部突入の準備が完了した。
 イカルは一瞬、迷った。いまだ状況の不明な扉内部に兵士を送り込んでいいものか。取り返しのつかない状況になってしまうのではないか。しかし身元不明な二人の男女のどちらかかもしくは二人ともが地上からやってきた可能性が極めて高い。現状、その二人を連行することが最優先の指令なのだ。
 イカルは一瞬目をつむってから、自分の班員の一人にうなずいた。うなずかれた班員が片手を挙げて振り下ろした。その合図とともに先ずイスカ班が内部へと進行をはじめるはずだった。しかしその真っ先に進行するはずの兵士が振り返って言った。
「誰かがこちらに走ってきます」
「イスカ班、生存者を援護、収容しろ」
 とっさにイカルは、自分の左手首に装着した通信器に向かって声を上げた。
 生存者はすぐに姿を現した。
 ノスリはもつれる足を何とか前に出しながら扉の外に走り出た。出てくるとすぐに、
「扉を閉めろ、今すぐ!ケガレが来るぞ、早く扉を閉めろ!」と叫び声を上げた。
 ノスリが出てきた、そのすぐ後にタカシのえり首を片手でつかんだナミが、低空で飛びながら現れ、兵士たちの脇を通りすぎて、背後の広場に降り立った。
 イスカが扉を閉めるため扉横のセンサ―部分に手をかざした。扉が音を立てて閉まりはじめた。
 その場にいた兵士たちは、ノスリのただならぬ様子や大の男を片手で持ち上げながら飛んで出てきたナミの出現に、ただあっけにとられていた。
 イカルは自分の周囲にいる班員にとっさに声を掛けた。
「全員、迎撃態勢のまま進行!固まって真っ直ぐ扉に向う。ケガレが出てきたらためらわずに撃て」
 状況を鑑みて、イスカ班、エナガ班に指令を出し、陣形を整えるのは難しいと判断したイカルは、自らの班員とともにただ扉に向かって一直線に進んだ。
 扉が三分の二ほど閉まった頃、内部から三体ほどの円盤が飛び出してきた。
「出たぞ、撃て」
 イカル班は通常、班内でも先方と後方とに分かれていた。射撃の必要な場合は先ず先方の五名が撃ち、撃ち漏らした敵を続いて後方の五名が撃つ形態となっていた。
 先方は二体を霧散させ、一体を撃ち漏らしたが、後方がその一体を撃ち砕いた。先方の班員は、その頃には次の発砲に向けてエネルギーの充填をはじめていた。
 扉の下側から一陣の風が吹いた。扉近くの兵士には黒い固まりが飛んできたように見えた。
 黒犬が一匹凄まじい速さで走り出てきた。扉近くの兵士に向かって牙をむいて飛び掛かった。襲い掛かられた兵士はとっさにHKIー500を盾にして身を守ろうとした。ちょうど黒犬の大きく開いた口がHKIー500の胴体にはまった。黒犬の獰猛な唸り声が周囲を圧した。
「先方隊、あいつを助けろ。後方隊、左右に展開して先方隊を援護」
 イカル班の先方は早くも、扉近くのイスカ班の中に突入していた。班員の一人がHKIー500をくわえたまま赤い目を光らせて唸っている黒犬を蹴り上げた。黒犬は一瞬霧状になって後方に飛び下がり、地上に降り立つ間際に、再び実体化した。先方隊のもう一人がその機を逃さずエネルギー弾を放って黒犬を霧散させた。
 その後、いくつかの円盤と二匹の黒犬が扉の隙間から外に漏れ出たが、ようやく我に返り、状況を呑み込んだイスカ班、エナガ班の兵士も加わって集中砲火を浴びせて、すぐに霧散させた。
 そして扉は、完全に閉じられた。
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