混迷の中(10)

文字数 3,850文字

 タカシとナミは数えきれないほどの黒犬や円盤を駆逐した。ナミは顔色一つ変えていなかったが、タカシは次第に遠のいていく意識を何とかつなぎ止めようと苦心していた。
 ノスリたちは負傷者を引きずりながら通路に向かった。そこには数名、無傷の者がいた。ノスリはその者たちに、負傷者を連れて出口扉まで後退するように指示を出すと、すぐにホールへと引き返した。
 ホール内にはいまだに砂塵が舞い、頭上の黒霧を通って小石が降り落ち、崩落した大小様々な岩がそこかしこに横たわり、円盤や黒犬に襲われた兵士の残骸が転がり、黒衣の者に乗っ取られた兵士が放ったエネルギー弾によって破裂した人間の肉片や血や体液が散らばっていた。
 混沌とした場景。思わず目を逸らしたくなる光景。
 ノスリは自分を鼓舞しながら、目の前に落ちているHKIー500を手に取るとエネルギーカートリッジを外し、自らのものと交換した。自分が持っていたHKIー500のエネルギーは残りわずかだったが、幸運なことに交換したカートリッジには半分以上のエネルギーが残っていた。
 タカシとナミの姿を目に映した。ナミはまったく動じる様子もなく落ち着いて対処していた。タカシは足元がおぼつかなく今にも倒れそうだったが、それでも次々にケガレを撃退していた。ノスリはふと猜疑心に襲われた。自分たち兵士がこんなに翻弄されているケガレを寄せつけていない。得体が知れない。いったいこいつらは何者なんだ。なぜそんなことができる。こいつらは本当に味方なのか。信用してもいいのか。そもそも人間なのか。もしかしたら、むしろケガレに近い存在なんじゃないか。
「班長、俺も行く」横からミサゴの声が聞こえた。
「よし助けられそうな者だけ運ぶぞ。あいつらももう限界かもしれない。あまり時間はないぞ」
「分かってるよ」
 二人は再びホールの中に駆けて行った。
 その頃、タカシとナミの前に黒衣の者が十数名ずらりと横一列に並んだ。それと同時に円盤と黒犬の群れが攻撃の手を休めた。黒衣の者たちが何か意志をもって襲い掛かろうとしていることが、その雰囲気から察せられた。何をしてくるか分からないその状況に、タカシもナミも更に身構えた。
 黒衣の者たちは無表情に彼らを眺めていた。やがて各自、ボソボソと隣の黒衣の者と話しはじめた。ボソボソ、ボソボソと、そこかしこで密談がはじまった。
 ひそひそ話の常として、周囲の人間はある程度の不安と不快を感じるものだ。タカシも黒衣の者たちが何をしようとしているのか、何を話しているのか分からず、いくばくかの不安と不快を抱かざるを得なかった。
 一通り打ち合わせが終わったようで、黒衣の者たちは話すのをやめて再度、整列し直した。途端に周囲にただよう空気が張りつめた。
 黒衣の者たちが動いた。身体の大部分を霧状にして、あちこちに向かって飛んで行った。
 ホール内にはいたる所に、円盤や黒犬に襲撃されて、苦悶の表情を浮かべたまま絶命した兵士たちの(むくろ)があった。その身体に黒い霧が侵入していった。
 どういう状況なのかタカシにはよく分からなかった。これから何が起こるのかただ見つめるしかなかった。
 すると、動かないはずの、絶命したはずの兵士たちの骸がおもむろに起き上がり、移動をはじめた。
 どの骸も周囲にHKIー500を捜し、見つけると手に取り銃口を彼らに向けた。
 骸の中で、両腕が欠損した一体がいた。その骸が歯をむき出して、辺りに血を撒き散らしながらタカシに向けて駆け寄ってきた。
 ナミが、その骸に向けて手のひらを差し出した。
「おいっ、ちょっと待て」とタカシが言い終わるより早く、その駆け寄ってきていた骸の部位という部位が不規則に曲がり、ひしゃげて、周囲に体液が飛び散り、骨が折れ、肉が潰れる音を撒き散らしながら急速に凝縮して一個の球体となった。
「こういう時にためらうと早死にするわよ」
 そう言い終わる間際に、彼らに向かって飛んできたエネルギー弾を手のひらをかざしてナミは止めた。彼の前、二メートルほどの所で小さな点に圧縮されて宙に浮かんでいた。
「この弾に当たったら、流石のあなたも死んでしまうわよ」
 ナミはそうつぶやきながら、その小さな点を、HKIー500を構えた無表情な骸に向かって投げ返した。
 点は兵士に当たって炸裂した。誰が見ても遺体の回収は無理そうだと思う惨状だった。
「おいっ、撤退するぞ。あいつらはもう助からない。逃げるんだ。行くぞ」
 タカシが振り向くとそこにノスリの姿があった。
 ノスリの声がタカシに潮時を知らせた。現状、命の危険が差し迫っている。タカシはノスリを見てうなずいた。
 タカシはナミに声を掛けて後退をはじめた。しかし周囲は黒衣の者に憑依された兵士の骸に囲まれていた。その中に自分と同じ班の班員の姿もあり、ノスリやミサゴは思わず攻撃の手をためらった。そんな二人を尻目にナミが立て続けに憑依された兵士の身体を粉砕して、血だるまにして、ただの肉塊にした。その度にタカシもノスリもミサゴも顔をしかめた。
 この状況ではナミの行為は仕方がない、とは思った。しかしそうはいっても不快であることは否めなかった。早く撤退するに越したことはない。
 四人はナミをしんがりにして撤退し、やがて出口に通ずる通路に駆け込んだ。ノスリは通路に入るとほぼ同時に自分の班員に怒鳴りつけるように声を掛けた。
「キビタキ、現状を報告せよ。通信は?扉は開きそうか?生存者は?」
 キビタキは扉付近にいたが、同じく怒鳴るように答えた。
「通信はいまだ不通。扉はただいま操作中。戦闘可能な者六名、負傷者八名」
 ノスリは周囲を見渡した。自分を含めて十人いた自らの班員が、いつの間にか自分とミサゴとキビタキだけになっていた。負傷者の中にまだいるかもしれないが、一人ひとり確認する余裕はもはや残されていない。すぐ横の壁や数歩先の床にエネルギー弾が破裂音を響かせながら着弾している。
 通路とホールの境目でナミとタカシが黒衣の者や円盤や黒犬の侵入を立てつづけにさえぎっていた。二人の間で、ミサゴも立て続けにエネルギー弾を放っている。
「キビタキ、通信を試みる者、扉を操作する者以外で戦闘可能な者を連れてこっちへ来い」
 ナミはケガレに乗っ取られた兵士たちの骸が放つエネルギー弾を、立て続けに凝縮させて逆に撃った骸たちに向けて放った。
 タカシは次々に襲い掛かってくる円盤や黒犬を、とにもかくにも近い順から消滅させていった。
 ミサゴもこちらに向かってくるケガレたちを次々に撃ち落としていた。
 ノスリはそのすぐ横に立ち、すぐさま射撃をはじめた。
 本部はここの現状を把握しているだろうか。通信が不通になっていること、正体不明な者がいることは間違いなく把握している。ケガレの発生したことも把握しているだろう。ケガレが発生した以上、扉は遠隔では開かれない。武装した一団によって外側から開いてもらうしかない。援軍は来るのだろうか。地震被害のために、そちらに人数が割かれているかもしれない。そうなると援軍の到着は遅くなるかもしれない。本部が即座に対応策を講じた場合、編成が出来るくらいの人数をかき集め、武装を整え、扉前に集結して、人員を配置して、扉を開ける・・・早くて三十分、遅くて一時間か、瞬時にノスリはそこまで考えた。そして現状を鑑みて悲観的になりかける自分を必死に抑えつけ、奮い立たせた。
 ホールからのエネルギー弾の飛来は少しずつ、その数を減らしていった。どうやらエネルギー切れになっているようだ。しかしそれはこちらも同じこと。全体としてエネルギーの残存量がどの程度あるのか不明だった。どれだけの時間、ケガレの襲来を防ぐことができるのか分からなかった。ただ、とにかくこの場所でケガレの襲撃を防ぐしかなかった。エネルギーの残弾数を気にしている余裕などない。
 エネルギー弾の飛来が減った分、今度は円盤や黒犬の襲来が増えてきた。一切ためらうことなくそれらは突っ込んでくる。全速力で次々に襲い掛かってくる。銃を持てる者は全員通路入り口に集まって応戦した。
 タカシはナミの姿をちらりと見た。今まで無表情だったその顔つきが少し険しくなっているように見えた。無理もない、かなりの攻撃を一人で防ぎつづけたのだ、いつ体力が尽きても不思議ではなかった。どうすればいい?どうすればこの状況を打開できる?自分に向かってくるケガレの襲撃の合間に考えるが、どだいこんな経験をした事もなければ、こんな状況をイメージしたことさえない彼に名案など生まれるはずもなかった。とにかく犠牲が少なくなるように必死に立ち向かうしかなかった。
 数人の兵士が持つ銃のエネルギーが切れた。その兵士たちはバッテリーのストックを持っていれば交換し、持っていなければ後方に下がって、負傷した兵士や死亡した兵士の持つストックに付け替えた。次々に後方に下がる兵士が現れ、通路入り口の守りが手薄になった。その合間を黒い霧が風が吹くように次々にすり抜けていった。
 タカシは振り返った。通り過ぎた黒い霧が通路出口に向かいながら次第に固まり濃くなっていった。タカシはとっさに出口の方へ向かって走った。黒い霧が、出口扉付近に横一列に並べられて横たわっている負傷者たちの、口や鼻や耳の穴から、次々と体内に侵入していった。
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