感応の中(2)

文字数 2,491文字

「ほら僕の忠告を聞かないから、そんな姿になってしまって。ほんと、いつも君は自分の好きなように行動する。自分が傷つくことも僕が傷つくこともこれっぽっちも考えやしない」
 姿を確認しなくてもそれがルイス・バーネットの声だということが分かったので、ナミは目を閉じたまま、口だけ動かして返答した。
「傷つくのが嫌なら、私にまとわりつかないで。勝手についてきて、勝手に傷ついて、勝手に落ち込んで、勝手に決めて、勝手にどこかに行って、勝手に戻ってくる。そんなあなたに自分勝手みたいに言われるのはとても心外だわ」
 ルイス・バーネットは地面に片膝をついてナミの顔を眺めていた。
「みんな君のためなんだよ。分かっているだろう。僕の思考の中心にはいつも君がいる。だから僕は国体選手にもなったし、校内で成績トップにもなったし、舞台にも立ったし、弁護士にもなった。そしてまた君と現実世界でともに生きていけるように着実にポイントを獲得している」
 ナミはやわらかく苦笑した。
「ねえ、もうやめてよ。あなたの思いはありがたいと思うけど、私はそんなことに縛られたくないの。だからあなたに申し訳ない気持ちしかないのよ。あなたにはあなたの人生を生きてほしいの。もっと自主性を持って生きてほしいのよ」
 今度はルイス・バーネットが苦笑した。
「そんなつまらない人生なんて僕が耐えられると思うかい?君は本当に刺激的だ。いつでも僕の思いもつかないことを言い出すし、しでかすし、本当に退屈しない。君の魅力に気づいてしまうと、もう他では物足りなくなる。君に会えなければ会えないほど君のことばかり考えてしまう」
 ナミは薄く目を開いて、ルイス・バーネットの姿を見た。
「あなた、バカ、本当にバカ」
 ルイス・バーネットの視線がやさしくナミの視線と重なった。
「そんなことより、君を助けないといけないな。僕は今、フルに霊力を充填してきたから、君に分けてあげるよ。さあ、目を閉じて」
 ナミは少しの間、躊躇していたが、やがて静かに目を閉じた。それを見てルイス・バーネットは自分の右手の人差し指を立て、そっとナミの額部分、眉間の少し上側部分にその先を当て、軽く押した。その箇所が小さく白い輪の形に光りだした。それを確認すると、ルイス・バーネットは同じ指先で今度は自分の額を押した。そこも小さく白い輪になって光り出した。続いて彼は、ナミの顔に近づいて、そっと両手で彼女の顔を包み込んだ。ナミは一瞬ピクリと身体を揺らしたが目は閉じたままだった。彼は自分の額をナミの額の上に移動した。すると彼の額の光っている場所からキラキラと霊力が流れ出し、光り輝く一筋の流れとなってナミの額の光に入っていった。ナミの身体の色が少しずつ濃くなっていった。
 霊力の量は、その霊体の体積に比例する。だからルイス・バーネットの方が霊力を多く体内に貯蔵することができ、ナミの霊力がフルに満たされても彼の霊力が枯れ果てることはないはずだった。しかし減った霊力の量によっては著しくその能力は制限されるし、へたをすると動くことすらできなくなってしまうかもしれなかった。
 ナミは、霊力の回復を全身に感じていた。感じながら上体を起こし、身体の色を薄くしているルイス・バーネットの額にそっと手のひらを当てた。霊力の流出が停止した。
「もう充分よ。もういつも通りの私に戻れたわ」
「それは良かった」
 細い声が遠くから聞こえている気がした。見なくても微笑んでいると分かる口調だった。
「バカ・・・本部に帰れる分だけ回復させてくれればいいのに。あなた、せっかく補充してきたのにほとんどあたしに注ぎ込んじゃって。あなたは凪瀬タカシをあきらめたの?彼は今から命懸けで死地におもむこうとしているわ。あなたは彼の守護霊としての務めをあきらめたの?」
「いや、僕は変わらず彼の守護霊だ。彼を窮地から救わないといけない」
「そんな身体で、そんな霊力の乏しい身体で何ができるの?なぜ私に霊力を・・・」
「君だからさ。君に彼を守ってほしいんだ。これからの彼にとって僕が本当に役に立つ存在であるのか、自分でも分からない。そして何より、攻撃能力は僕より君の方が上だ。だから君ならきっと彼を守ってくれる、そう思ったんだ。それに僕はたぶん彼や彼の周りにいる人たちに信用されていないからね」
 ルイス・バーネットの身体は先ほどまでのナミのように密度と色が薄く変化していた。風が吹いたら散り散りになって飛んで行ってしまいそうな、心もとない薄さだった。
「さあ、行ってくれ。僕は君の活躍を期待しつつここで霊力の回復に努めることにするよ。君ならきっとこの状況を打開することができるはずだ。じゃ、またいつか」
 ナミが声を掛ける前にルイス・バーネットの身体は光に包まれて、急速に小さくなっていった。身体を変化させるのも霊力を使用するが、身体を小さくして密度を濃くした状態の方が霊力の回復を待つ時間中でも動くことができるので、あえてルイス・バーネットは変身することにした。
 ナミの目の前でルイス・バーネットの身体はみるみる小さくなって手のひらに乗るほどのサイズに変化していった。そこにはきれいに青く輝く小鳥の姿があった。ナミは丸まって羽毛の塊のようになっているその小鳥を両手ですくって自分の胸の高さまで持ち上げた。
「あなたバカ?霊力が薄くなった今の状況で、そんな目立つ色に変化するなんて・・・。またすぐ戻ってくるから、それまで見つからないようにね」
 少し離れた所に建っている、一軒家の軒下に机があった。その机に植木鉢が置いてあり赤と黄色の花がしおれかけた状態でかろうじて咲いていた。その植木鉢の下に、ナミは小鳥をそっと置いた。
 そして振り返り、白い塔を包み込んで、漆黒に染め上げているケガレの層を睨みつけながらつぶやいた。
「上等じゃない。あたしたちをこんな目に遭わすなんて。これから存分に反撃させてもらうわよ」
 ナミは、小さく浮かび上がり、次の瞬間、すさまじい速さで一直線に、塔目掛けて飛び去った。
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