超克の中(3)

文字数 5,250文字

 別動隊のコガレたちは、大通りの一画に陣取る委員たちの集団が見える場所まで移動した。建物の屋上からその一団を見下ろしつつ話し合った。
 委員たちの集団は建物が途切れ一本道になった先、A地区とB地区との境目に陣取っている。その数五十余り。六十匹余りの自分たちが数的には上回っていたが、ウレンとしてはその倍の数がほしかった。武器を持った身体の大きい敵に対するには、そのくらいいないと対抗策を立てるのに苦慮せざるを得なかった。
 建物の上から襲撃するには距離がありすぎる。横から迂回して背後に回ろうにも、その大通りの横は崖がぐるりとA地区を囲むように続いていた。そしてその崖に発光石が敷き詰められている。
 コガレたちは発光石が苦手だった。あまりに白く輝くその光が強すぎて、自分たちの身体の色が薄まってしまうような、身体が溶かされてしまいそうな気がするのだった。だから大通りの横を迂回することは考えられなかった。霧状になって空中を飛んで行く、という案も出たが、彼らは、霧状ではそれほど高くにも遠くにも飛ぶ力がなかった。更には白い塔の力のためか大気の流れは常にA地区から周囲へと向かって流れていた。その流れに逆らって霧状で飛ぶことは、悪くすると吹き飛ばされて消滅しかねず、ただの困難でしかなかった。
 仕方がないので、彼らは自分たちの方へ委員たちを誘導することにした。ツグミは自分たちが玉砕することは望んでいなかった。委員たちをこの場所に引きつけ、更なる人数をこの場所に誘導することが必要なのだ。
 ここに来るまでに、恐らく偵察として派遣されていたのだろう、二人組で周囲をうかがっていた委員に、五か所で奇襲を掛けて行動不能にしていた。だから自分たちの接近を向こうはまだ気づいていないはずだった。現時点ではそこを突くしかない。
 ウレンはコリンに少しの間、思念を送った。コリンはうなずいて、すぐさま自分の分身とウレンの分身の一部を連れて建物を駆け下りていった。
 情報委員長をはじめ委員たちは、いつまで経っても現れない反逆者に焦れはじめていた。もしかしたら他の通路に移動したのかもしれない、そう考えはじめていた。
 情報委員長は冷静な顔つきをしていたが、その実、先ほど追っていた反逆者のうち二名を逃してしまった失態に、はらわたが煮えくり返る思いに満たされていた。そしてその失態を取り戻さなければならないという義務感の固まりになっていた。しかし、いつまで経っても偵察隊から敵接近という報告すらない。いたって静かな状況に部下たちは弛緩しはじめている。現状、この場所にいる人員の八割が自分の部下だったが、他の委員会からの応援で来ている委員もいる。そういった委員にも気を配らなければならない。何ら変化もない現状でどう緊張感を持続させるか、そう考えていた矢先だった。突然、目の前に伸びる大通りの真ん中に、小さな黒い物体の集団が現れて、静かに、流れるように、しかしすさまじい速さで、一直線に彼らに向かって走ってきた。
 来た、委員たちは思った。まだ彼我の間にはかなりの距離があったが、十を数えるうちには自分たちの元まで達しそうな勢いだった。
 HKIー500は暴発を防ぐため、常時エネルギーの充填はされない。ちゃんと充填する操作をして初めて充填される。
 委員たちは焦った。まだHKIー500の充填をはじめてもいなかった。HKIー500を常備している兵士ならその扱いもなれているので瞬時に充填するための操作をはじめるのだが、委員たちにその機敏さを求めるのは無理があった。彼らは、そこまでの訓練は受けていなかった。
 コリンを先頭に、分身たちは、一気に委員たちとの距離を詰めて、たちまちの内に襲い掛かった。委員たちに飛びつき腕や足に噛みついた。委員たちは混乱した。しかしその中でもHKIー500のエネルギー充填を終えた委員がちらほら現れた。充填を終えた委員は、分身たちに銃口を向けて発砲を試みようとした。するとそれを察したかのように、コリンは周囲の分身たちに、撤退!と思念を送った。
 すぐさま分身たちは退却をはじめた。来た道を来た時以上の速さで駆けていった。HKIー500を構えた委員たちは前方に移動していくコガレに向かって発砲した。コガレたちはすぐさま左右二方向に分かれて退却した。爆発音がして通りの地面が破裂した。委員たちは次々に発砲した。しかし標的の動きが速いためか、いっこうに当たらない。当たる予感さえ感じられない有り様だった。コガレたちは散開したまま建物の中に消えていった。
 するとすぐさま、建物の屋上からキー、キーという鳴き声が聞こえて飛び跳ねているコガレの姿が見えた。委員たちはその方向に向けて発砲した。しかし距離が離れすぎている。HKIー500の射程距離はけっして長くない。一定の距離より離れると爆発力が格段に弱くなる。放たれた幾つかの弾は壁に弱々しく当たってはじける程度だった。
 委員たちは悔しがった。するとそんな彼らの前方、道の真ん中に二匹のコガレたちが歩き出した。そのコガレたちは委員たちに向かって細かく腰を振ったり手を高く上げて横に振ったりして踊った。自分たちが挑発されていることを委員たちは嫌というほど実感した。
 次々にそのコガレたちに向かってエネルギー弾が放たれた。しかし距離が離れていることもあり、彼らの腕の問題もあり、いっこうに当たる気配が感じられない。コガレに向かって飛んだ弾もあったが、到達するまでの間にヒョイと避けられて結局当たることはなかった。
 情報管理委員会、略して情報委員は、文字通りこの都市全体の情報を管理する集団だった。その業務のうち、あまり表には出ないものとして、情報収集のためのスパイ活動や情報を違法に操作する集団や個人への捜査、摘発なども受け持っていた。そのため委員会の中では比較的、武力行使には慣れている会ではあり、彼らは自分たちが精鋭部隊であるという自負があった。そのため、眼前の挑発に対して歯噛みしたい思いを抱いていた。しかし委員長が落ち着いていた。だから彼らはけっして無暗に挑発に乗ることはなかった。
 委員長は考えた。現状としては、最初に攻撃され、軽傷とはいえ十人程度の負傷者が出ている。このまま傍観するだけでは損害を与えられただけになる。自分の指揮官としての評価に傷がついてしまいかねない。反逆者は近くに潜伏しているはずだ。捕縛するか殺傷する必要がある。現在、逃亡している反逆者は単なる少女一人だけらしいじゃないか。いくらケガレと思われる生物を引き連れているとしても現状、たいした攻撃力もないようだ。この人数なら大丈夫だろう。ただし慎重に。情報収集しながら進行する。
 委員長は部下たちに進行を指示した。大通り沿いに建物が並んでいる。その一番手前の建物は両側ともに石造りの五階建てのビルだった。全員が駆け足でその両側のビルが充分射程内に入る場所まで移動した。
 コリンとウレンは委員たちの接近を察して建物の中に入った。コリンは委員側から見て右側のビルに、ウレンは左側のビルにそれぞれ入っていった。それぞれのビルの中に自分の分身たちがいた。なるべく委員たちを分散させるために自分たちも分かれた形だった。建物の中に入った委員たちを少しずつ襲って、少しずつ逃げていく。階ごとに制圧されれば上階に移動し、建物をすべて制圧されたら、屋上から隣のビルに飛び移る。それをくり返し、少しずつ委員たちの人数を減らしていく作戦だった。時間稼ぎの持久戦をウレンは指向してコリンもそれに従っていた。
「右側のビル、全員、撃て」
 コリンはいきなり自分たちのいる建物に、数えきれないほどの破裂音と振動が襲い掛かってきてあわてた。A地区に面した壁という壁が破壊され、所々穴が空き、砕かれた大小様々な石粒が彼らに襲い掛かった。
「充填済んだ者から、次、撃て」
 情報委員長は感情を抑えた声を発した。その声に反して、その胸中はすぐさま雌雄を決しようとする決意に満たされていた。偵察隊と連絡が取れなくなっている。奇襲をかけられて負傷者が出ている。現状までは相手のペースで戦況が進んでいる。ここは多少無理をしてでも流れをこちらに引き戻さないといけない。
 次々にエネルギー弾が飛来して、更に壁や床や天井が破壊される。破壊部分から外光が屋内に入り込んでくる。コガレたちにしてみれば、薄暗い中に侵入してきた委員たちを暗がりから襲い掛かる予定だったが、それも難しくなる一方だった。
「おい、何かこっちばっかり攻撃されてねえか。一方の壁がもうすぐ無くなりそうなんだけど、どうしたらいいんだよ」
 コリンは分身たちを引き連れて、破壊されている壁とは反対側に避難しながら思念を送った。
「その建物はもう放棄しましょう。タイミングをみてこちらの建物に移動して合流するように」
 ウレンはそう思念を送りながら、屋上から委員たちの群れの陣形を確認した。どこか隙があればこちらから襲い掛かって、その間にコリンたちを避難させるつもりだった。しかしコリンたちのいるビルを攻撃している一団とは別に、こちらに向かって銃を構えて待機している一団もあった。どうにも奇襲はできそうになかった。
「次、撃て。休まず撃て」
 コリンたちのいるビルはその壁を次々にはぎ取られていく。コリンたちは現在、一階と二階に固まっていたが、いったん屋上まで上がり、隣のビルに飛び移ってからウレンたちのビルに移動するべきかと思った。委員たちに姿をさらさないように移動しないといけない。慎重に、経路を選びつつ、そう思っていると急に破裂音と衝撃がやんだ。
 急に辺りが静かになった。委員たちの靴音だけが小刻みに聞こえた。
 ウレンは委員たちが後退していく様を屋上から凝視しつづけていた。どうしたのだろう?弾切れだろうか?相手も持久戦を選んだのだろうか?とにかく合流のチャンスではある。
「コリン、敵の攻撃がやんだ。いったんこちらに」
 コリンはあわてて分身を連れて大通りを横切り、ウレンたちのいるビルに走り込んだ。その間も委員たちからの発砲はなかった。ウレンは相手が何を考えているのか分からず次の一手に迷っていた。
「敵は撃つだけ撃って気が済んだのか。何にしても焦ったぜ」
 気づけば、すぐそばにコリンがいた。
「ご苦労。敵は射程距離の外まで後退して布陣している」
 ウレンは委員たちの集団を凝視しつづけた。司令官の思考を残さず読み取ろうと、ただジッと見詰めていた。ふとその集団の中の、背が高い細身の男に視線がとまった。そのたたずまいから、その男が司令官であることをウレンは察した。そしてその男が自分を見ていることに気がついた。“自分の方”ではなく、しっかりと敵方の指揮官である“自分”を見ていることに気がついた。そしてニヤリと笑みが自分に向けられたことも。
「全員、退避!この建物から離れろ。急げ!」
 ウレンが強烈な胸騒ぎと恐れを感じて、とっさに激しく思念を送り、叫び声も上げた瞬間、怒濤のような爆発音が辺りに轟き渡った。
 委員長は思った。反逆者にしろケガレにしろ、死体を見つけやすいように、あまり瓦礫の下深くに埋まらないといいのだが、と。
 ウレンたちのいたビルが、その中央部分に向けて両側から倒れ掛かり、一気に粉塵と衝撃音をまき散らしながら崩壊していった。

 委員たちは粉塵の空気中の浮遊が収まるのを待って、さっきまでビルが建っていた場所に、高々と積まれている瓦礫の山に近づいていった。
 情報委員は情報収集のために不穏分子の潜む隠れ家などに侵入し、扉を破壊したり、金庫を開けたりするために爆薬を使用することがあった。今回はもしもの時のために接近してきた敵が潜むだろうビルの地下の柱すべてに、そんな爆薬を大量に仕掛けていた。コガレたちにしてみれば戦闘中、屋上まで達して隣のビルに移動するつもりだったので、特に地下を警戒していなかった。
 委員長は自分の周囲に十名ほど残して、その他の委員に瓦礫下の捜索をさせた。とにかく反逆者の少女がどこにいるか特定しなければならない。もし粉々に潰れていたら多少かわいそうな気もするが、しょせんは地底生まれの反逆者なのだ。足りなくなれば増産すればいいだけの存在でしかない。そんな存在が私から逃げ回るからこんなことになるのだ。
 捜索隊の委員たちは瓦礫をどかしつつ敵の痕跡を捜した。しかしいつまで経っても何も見出せなかった。自分たちの白い制服が砂塵と汗にまみれ、時間とともに薄汚れていく。日頃、制服にシミ一つ付いているだけで叱責してくる委員長が、こんなことを自分たちにさせている、と不満を抱きつつも委員たちは黙々と捜索をつづけた。
 そんな彼らの足元に、黒い霧が薄っすらとただよいながら集まっていた。
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