混迷の中(9)

文字数 3,641文字

「移住先に通ずる入り口は、もう目の前だ。しかしその周辺には敵が多数うろついている。そしてまだ移住を済ませていない人々が我々以外にも多数いる。もう残された時間はわずかだ。ためらうことはできない。よって私が先に入り口付近に進行し、他の場所に敵を誘導しようと思う。ウトウ、敵が移動したら他の集団と連絡を取りながら一気に入り口に向かえ。それほど時間を稼げないかもしれないし、混乱するかもしれないが、統率して速やかに移動を終えるようにしてくれ。それから誘導には私一人では不足かもしれぬ。君たちの中から志願者を募ろうと思う。我こそはと思う者は挙手してくれ」
 そんなモズの言葉をウトウがさえぎった。
「バカなことを言うな。お前にそんなカッコイイ真似ができるわけないだろ。それに前線は俺の担当だ。お前は大人しく後方で指揮してろ。ウトウ班、正体不明の殺人円盤と遊びたいたいヤツはいるか。手を挙げろ」
 残っているウトウ班々員三名が全員手を挙げていた。
「おい、待て、そんな勝手なことを・・・」
 モズの悲痛な叫びがこだまする。
「いいか、よく聴け。ここで少しの犠牲を出して、多数の人々を救うのか、結果的に全員死んでしまうのか。お前が残ってちゃんと指揮しないとみんな死んでしまうぞ。そんなこと俺に押しつけるな、めんどくさい」
「ウトウ・・・」
 モズはウトウに、複雑に感情が入り混じる視線を送って、続けて自分の息子を見た。本音としては殴ってでもこの場に残したかったが、今、自分はその立場ではない。それにこれはクグイが自分で決めたことなのだ。それならもうとやかく言うべきではない。
 それからウトウ班四名は、いったん丘に向かって左側に大きく迂回した後、連絡通路入り口へと近づいていった。指定された制限時間まであと一時間余りしかなかった。円盤たちの姿をかろうじて視認可能な場所まで近づいてウトウはモズに向けて連絡した。
「これより作戦を開始する」
「健闘を祈る」モズは断腸の思いを抱えて返答した。
 ウトウ班は敵に分かるように通りに姿を出し、所持している自動小銃を発砲した。
 モズのいる場所までその発砲音が小刻みに聞こえた。やがてすぐにその発砲音はやんだ。いくら自動小銃を撃ったとしても円盤には何らダメージを与えられない。いたずらに穴を空けるばかりですぐに再生されてしまう。だから気を引くために少し発砲してすぐさま逃亡したのだろう。恐らく円盤はすぐにウトウたちを追っていっただろう。あとは偵察の兵士からの報告を待つばかりだった。
「敵はウトウ班を追っていきました。現在、クリア。敵の姿はありません」
 通路入り口付近で偵察していた兵士からの連絡だった。モズはすぐさま周囲の人々に出発の合図を送り、続いて潜伏している人々に対して出立を促した。
「今すぐ連絡通路入り口に向かえ。もう今しか移動できる時はない。この機を無駄にするな。今すぐ走り出せ」
 モズ班の兵士たちは人々を誘導しながら通路入り口に達した。入り口は丘の麓の地面に四角く区切られた大きな穴だった。鉄のフタが閉じており、手動で横にスライドさせて開けることが出来た。
 その入り口で人々を中に誘導していると穴の周りの壁にいくつかの機械が埋め込まれていることに気がついた。それが何かはっきりとはしなかったが、その表面にはデジタルの文字盤が見受けられ、制限時間までの時を刻んでいた。
 入り口から中に入ると二十段ほどの階段があり、それを下りていくと長く真っ直ぐな通路があった。人が二人並んで通れるかどうかの幅で奥までつづいている。そして通路の先に達すると部屋中が白く光るホールに出て、そこから地下深くまでエスカレーターが伸びていた。そんな仕様だったので一気に人々を通路に押し込めることはできなかったが、それでも何とか時間内には全員を移動させられそうだった。
 やがて地上に残っているのは、モズ班とウトウ班の班員だけになった。

 ウトウとクグイはビルの中に潜伏していた。他の班員は円盤に襲われて、すでに絶命していた。一人の班員が襲われた時、その班員が苦痛のあまり自動小銃の引き金に掛けていた指を握った。タタタタタタタ・・・という乾いた音が響いた。その流れ弾の一発がウトウの左頬をかすめて飛んでいった。
 ウトウは頬の止血をしながら、これからの自分たちの行動を決断しようとした。
 モズとは特別、仲が良かったわけではない。しかし腐れ縁なのか、いつも一緒にいた。自分たちがそう望むより、周囲が自然とそう仕向けているのかと思うほど一緒にいる機会が多かった。
 今まで声に出して言ったことはなかったが、ウトウはモズに敬意を持っていた。兵士をうまく統制、指揮することができる。自分よりはるかに上手に。そんなモズと一緒にいると自分の能力が遠慮なく発揮できる実感があった。
 クグイに視線を向けながら、どうにか父親のもとに帰してやりたい、と思った。だから自分がおとりになるつもりの提案を口に出そうとした。
 しかしクグイが一瞬先に口を開いた。
「班長、賭けをしませんか?」
「賭け?」
「ええ、このままでは二人とも敵に襲われて死んでしまうか、死んでしまわないにしても、みんなと合流することができません。だから賭けをするんです。ここから出たら互いに別々の道を走って通路入り口に向かうんです。運が良ければ敵は片方を追って行き、片方は逃げ切れることができるかもしれません。これが公平な案だと思います。どうですか?運に賭けてみますか?」
「何をバカなことを。そのえらそうな話し方が親父そっくりだな。とにかく、俺がおとりになる。お前は敵が消えてから通路入り口に向かえ」
「それはいけません。公平ではありません。認められません」
 クグイは自分の自動小銃を手に取りながら言った。
「バカ、これは命令だ。そもそも俺が上官でお前は部下なんだから公平もくそもあるか。認められないのはこっちだ、この野郎」
「僕は一人前の兵士なんです。もう庇護されるだけなのはまっぴらなんです。僕は人を守るために兵士になったんです。僕は左側に行きます。では」
 そう言うとウトウが止める間もなくクグイは外に飛び出していった。
「クグイ!」
 ウトウは叫びながら外に出た。クグイはもうかなり先まで走っていた。その後方から音もなく、円盤が追っていた。

 間もなく制限時間まで残り二十分になるところだった。
 通路入り口の横に立ち、モズはウトウ班の到達を待っていた。来る気配はない。胸騒ぎが次第に大きく育っていく。おそらくウトウ班の班員たちは覚悟を決めておとりになったのだと思う。もちろんクグイも。だから仕方のないことなのだろう。我々は兵士なのだから。
 通路入り口から、真っ白い服を着て見慣れぬ銃を持った二人の男が、外に姿を現した。
「おい、早く中に入れ。ここは時間になったら封鎖され、爆破されて跡形もなく吹き飛ばされる。死にたくなければ早く行け」
 なんだって?爆破する?移住勧告の際にもそんなことを言っていたが、実際本当に通路を破壊する気だとは思っていなかった。新しい世界を創った人物は、完全にこの地上世界を捨て去るつもりのようだ。そして見ず知らずの世界へと自分たちを連れて行こうとしている。
 その時、視界の端に何か動く気配を感じて、そちらに首を巡らせた。息を切らせてウトウが走ってきていた。その背後に円盤が三体追ってきている。
 白い服の男が手に持った銃を構えた。そしてある程度近づいたところで発砲した。白い固まりが線を引きながら飛んでいき、ウトウの背後の円盤に当たって破裂した。それは跡形もなく消えてなくなった。白い服の男たちは交互に発砲した。そしてウトウの背後にいた敵を殲滅した。
 何だこいつらは?こんな武器を持っていながら、なぜ今まで敵に対抗しようとしなかったのだろうか。その武器があればもっと多くの人を救うことが可能だったんじゃないか。そう怒りに近い思いを抱きながら、モズはとりあえずウトウに駆け寄った。
「クグイは?クグイは来たか?」モズに会うなり荒い呼吸をつづけながらウトウが訊いた。悲愴な感情がその双眸に映っていた。モズは静かに目を閉じて、そのままゆっくり首を横に振った。
「そうか・・・」
 事情を察してモズは思わず走り出そうとした。その肩をウトウががっしりとつかんだ。
「クグイの思いを、無駄に、するな」
 二人はその姿勢のまま固まった。どちらも声を出せなかった。
「おい、早くしろ。入り口を封鎖するぞ」
 二人とも苦渋の表情を浮かべながら通路入り口に入っていった。最後に白い服の男たちが中に入りフタを閉じた。
 数分後、凄まじい轟音と衝撃とともに丘陵の一部が吹き飛んだ。周囲に粉塵が舞い、石礫が誰も居なくなった街に虚しく飛ばされ、転がった。
 こうして地上は放棄された・・・
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