思惑の中(10)

文字数 4,647文字

 ノスリは自分が見た状況、体験した事象を記憶に従って、ただ淡々と述べた。
 イカルは、ノスリが入室してきた時には驚いて立ち上がりかけたが、警備の近衛委員に鋭い視線を向けられて、あわてて着座し直した。今はただノスリが何を言い出すのかを、固唾を呑んで耳を傾けていた。
 ツグミもノスリの姿を見た時は少し驚いたが、次第に退屈していった。この審判の場がどんな裁決を下そうと、イカルがいればすべてうまくいく、イカルがどうにかしてくれる、そう安心しきって、イカルと話もできない今の状況が、早く終わってくれないかと思うばかりだった。
 ノスリの証言が一通り終わった。

『検察委員』 ではお伺いしますが、あなたは被告人とケガレとは、どのような関係であると思われますか。
『ノスリ』 強い関係があるものと思われます。
『検察委員』 と言いますと。
『ノスリ』 その男がケガレをこの都市に引き連れてきたのは間違いありません。

室内ざわつく。傍聴席のめいめいが小声で話をする。

『二の賢人』 静粛に。勝手な発言は認められない。静粛に。
『検察委員』 では、間接的にであるにせよ、五十名近い兵士たちを殺したのは。
『ノスリ』 その男です。
『タカシ』 待ってくれ、誤解だ。俺はそんなことはしていない。

再び傍聴席がざわつく。賢人たちも各々話をしている。

『二の賢人』 静粛に。これ以上、勝手は発言をする者は退室をさせる。
被告人も後ほど、発言の機会を与える。勝手な発言はしないように。
『検察委員』 審判長、以上で尋問を終わります。
『一の賢人』 審判長、私から証人に質問してもよいかな。
『二の賢人』 もちろんです。どうぞ。
『一の賢人』 認識番号0502139。
我々は検察担当委員から証拠として、治安部隊管轄の現場監視カメラが撮影した、録画映像の提出を受け、先ほど別室において確認した。
君はよくあの状況で生き残ることが出来たね。
『ノスリ』 はい、仲間たちの命懸けの奮闘により、何とか命だけは助かりました。しかし、その代わり、多くの仲間が、殉職しました。
『一の賢人』 その件については、我々も甚だ遺憾に思っている。
しかし我々が確認したところによると、被告人と、被告人と共にいたもう一人の人物も、君たちの味方となって、かなりな数のケガレを撃退していたように見受けられたが、それについては間違いないかな。
『ノスリ』 はい、彼らがケガレをある程度駆除したのは間違いありません。しかし・・・
『一の賢人』 それなら彼は我々の味方と思う方が自然ではないのかな。
『ノスリ』 いえ、あの男がケガレを引き連れてきたことは間違いありません。
何らかの理由でケガレをある程度撃退したとはいえ、あの男は我らの拘束を解除し、正体不明の仲間を出現させ、我が班の班員がケガレに憑依された兵士を攻撃する際に、明確に業務遂行の邪魔をしようとしました。
『一の賢人』 ふむ、確かに被告人の行動は俄かには信用し難い点が多いな。その行動の手段や動機にも不明な点が多い。
しかし不明だからといって被告人が、この世界に対して反逆を企てようとしている、とは言い切れないと思うのだが、その点について証人はどう思うのかな。
『ノスリ』 失礼ながら申し上げます。
あの男のせいで、あの男がケガレを連れてきたせいで、四十六名もの仲間が死んだんです。
しかもこの世界の治安を守る兵士を大量に殺したんです。これがこの地下都市に対する反逆でなくてなんなのでしょうか。
『一の賢人』 そもそも被告人がケガレを引き連れてきたというのは、何か確証があっての意見なのかな。
『ノスリ』 はい、あの男が現れた途端に、ケガレが出現しました。
それにあの男はケガレに攻撃されても一切、負傷することもなく、身体を乗っ取られることもなく、逆に素手で対抗していました。
自らはケガレに殺されることがないと知ったうえで、この都市にケガレを招き寄せたのだと考えられます。
『一の賢人』 いったい何のためにそんなことをするのだろうか。動機が甚だ不明に思われるが。
『四の賢人』 ちょっとお待ちください。
先ほどから一の賢人は私意に基づいて、証人に誘導ともとれる尋問をしています。
尋問する側もされる側も個人的な考察は置き去り、事実関係のみ明確にするために、発言をしていただくべきだと思われます。
『一の賢人』 私は当然、この場にいる誰もが、疑問に思うだろうことを質問しているだけだ。
『四の賢人』 公平な審判の場にするためにも、事実関係の解明のみに集中するべきかと。
証人。事実としてはっきりとしていることは、被告人がこの国に現れたのに続いてケガレが出現した。被告人はケガレを駆除する能力を有する。しかしそのケガレのために五十名近い兵士が殉職した。
被告人は治安部隊の拘束に従わず、それを破り、業務を邪魔しようとした。
それで間違いないかな。
『ノスリ』 はい、間違いありません。
『一の賢人』 被告人が多数のケガレを駆除した事実が抜けている。
『四の賢人』 そんなことは大したことではありません。
事実、人間が多数の人間を従わせようとする場合、ある程度の人間を犠牲にするのはよくある話です。
被告人が多数のケガレを使役するために、ある程度のケガレを駆除したとしても不思議はありません。
『一の賢人』 それは何とも不確実な話である。
そのような論理は今回のケースに当てはまるとは思われない。根拠のない意見としか思えない。
『四の賢人』 根拠ならあります。これはブレーンの意見です。
事件の起こった現場の記録映像、取り調べにおける被告人の証言、他、事実関係を入力したうえでのブレーンの意見です。
『二の賢人』 お二方とも話がかなり審理とはかけ離れてしまっているようです。
今は証人を尋問する時間です。それをお忘れなく。
一の賢人、他に質問は。
『一の賢人』 いえ、ありません。
『二の賢人』 それではこの証人への尋問は終了とする。
証人、ご苦労であった。退室してくれたまえ。

近衛委員に連れられてノスリが退室する。

『二の賢人』 続いては被告人質問をはじめる。被告人は前へ。

近衛委員に連れられてタカシが中央の壇に移動する。

『二の賢人』 では検察担当委員、質問をはじめよ。
『検察委員』 では、質問をはじめます。
被告人、あなたは本日、午前八時以降、B3区画地上連絡通路入り口ホールにおいてケガレを見ましたね。
『タカシ』 はい、見ました。
『検察委員』 ケガレを見たのはその時が最初でしたか。
『タカシ』 いいえ、地上にいた時に見たのが最初でした。
『検察委員』 地上では誰かに会いましたか。
『タカシ』 アトリという少年に出会いました。
『検察委員』 そのアトリという少年は、アントというこの都市の体制転覆を狙っている反政府組織の一員なのですが、あなたはその少年に会い、そしてこの都市にやってきた。
間違いないですね。
『タカシ』 アトリ少年がアントという組織に入っているとは言っていましたが、それが反社会的組織だとは知りませんでした。
『検察委員』 質問されたことだけに答えてください。
あなたはその地上回帰をもくろむ反社会的組織の構成員と会い、そしてケガレと遭遇したうえで、この都市にやってきた。
間違いないですね。
『タカシ』 はい、間違いないです。
『検察委員』 そのアトリという少年は、地上回帰の念願を叶えるために、あなたを使って、ケガレをこの都市におびき寄せ、地上に移住せざるを得なくさせる、そんな話はしていませんでしたか。
『タカシ』 そんな話、していません。
『検察委員』 あなたがこの都市にやって来たとほぼ同時にケガレもやって来た。
ケガレはあなたを追ってきたとは思いませんか。
『タカシ』 分かりません。少なくとも私にはそのつもりはありませんでした。
『検察委員』 あなたが地上からこの都市にやって来たとほぼ同時に、ケガレも地上からこの都市にやって来た。無関係と言うにはあまりにも時間と動きが符合しますね。
あなたが意識するか否かに関わらず、ケガレはこの都市にやってきて、四十六人の兵士を殺し、この国の治安を著しく損傷させた。
間違いありませんね。
『タカシ』 ・・・・・・
『検察委員』 答えにくいようですので、質問を変えましょう。
あなたはこの都市に、何の目的を持ってやってきたのですか。
『タカシ』 ・・・この世界の崩壊を防ぐためにやってきました。
『検察委員』 崩壊を防ぐとは、具体的にはどうやって防ぐのですか。
『タカシ』 それは、分かりません。
『検察委員』 ではもし、お方様が地上に戻られることを望まれたらどうします。
『タカシ』 その時は、地上に連れて行こうと思います。
 
傍聴席から多数驚きの声が上がる。

『二の賢人』 静粛に。検察担当委員は質問を続けて。
『検察委員』 我々人類は、地上に行けば生きていけない。あなたも先ほど、そう認めましたね。
『タカシ』 生きていけない、というか生きるのが難しいとは思います。
『検察委員』 そんな地上にお方様をお連れすると。
『タカシ』 彼女が望むのなら。
『検察委員』 それが我々の生命を脅かすことだとしても。
『タカシ』 彼女が望むのなら。

再び傍聴席から驚きの声が上がる。
一の賢人が眉間に皺を寄せて厳しい顔付きをする。

『検察委員』 尋問を終わります。

室内がざわついている。そのまま少しの間が空く。

『二の賢人』 引き続き賢人の皆様の中で尋問をされたい方はおられますかな。

室内が静寂に包まれる。
近衛委員に連れられてタカシが被告人席に戻る。

『二の賢人』 では賢人の皆様、評議に移ります。別室にご移動を。

賢人たちが全員、立ち上がり法壇横扉より退出。

『ツグミ』 ねえ、もう、終わったの?
『イカル』 いや、これから賢人の方々で評議して、判決を宣告することになると思う。
『ツグミ』 選ばれし、方様は、終わったら、あたし、たちの所に、戻って、くるの?
『イカル』 いや、分からない。どうなるか、俺には分からない。

賢人たちが法壇横扉より入室。元の席に着く。

『二の賢人』 では、ただ今より審議結果を宣告する。被告人は前に。

近衛委員に連れられてタカシが中央壇に移動する。

『二の賢人』 では宣告する。
評議の結果、評議会憲章第二章第八項に基づき、被告人を深層牢獄に無期限、幽閉するものとする。

傍聴席から歓声ともどよめきともつかない、雑多な声が上がる。
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