混迷の中(5)

文字数 3,678文字

 再び暗闇におおわれた。
 いったい外で何が起こったのか、あまりの衝撃音と揺れに尋常ではない何かが起きたことだけは分かった。しかし狭いホールの中、情報がなく視界も奪われた現状では戸惑うことしかできない。
「おい、みんな生きてるか」
 そんな隊員の不安を敏感に察してウトウが声を張り上げた。
「またすぐに電源が切り替わって灯りが点くから、そのまま動かず待機してろ。ただ天井からぽろぽろ石が降ってくるから頭の上にきたら避けろよ」
 隊員たちはその声に少し安堵した。待っていれば何とかなりそうな気がした。
 やがて、しばらくして照明が復旧した。それほど強い光ではなかったが昼白色の光がまぶしく目に染みた。
「おいっ!何だありゃ!」どこからか強い情動をともなう声が聞こえた。とっさにその方向に目を向けると屋内の上部に黒い霧がただよっていた。更に地震でできた亀裂や穴から次々に黒い煙が噴き出て、その霧に向かって立ち上っていた。霧は次第に濃くなり、やがて部分々々凝固していき、分裂して、数多くの円盤を作っていった。
「ケガレだ!」誰かが叫んだ。
 ここにいる多くの者は実際にケガレに対したことはない。しかし座学でも訓練でもその形状や様子に関しては多くの時間を割いて知識を注入されていた。だから目の前にあるそれがケガレであることはその場にいる全員が分かった。
「前方の者はすぐに下がれ!横に広がり迎撃する。負傷者をすぐさま外に避難させよ。負傷者の退却が済み次第、全員後退する。それまでふん張れ」
 この中で数少ない地上世界の生き残りでケガレに遭遇したこともあるウトウが指示を発した。
「ケガレが固体化したらすぐに撃て。やつらの動きは直線的だ。もし向かってきてもよく見て撃破しろ。逃げるな。逃げると確実に殺られるぞ」
 そのウトウの声に全員が覚悟を決めてHKIー500を構え直した。
 ノスリは班長として自分の班の班員の安否が気になった。このままタカシを連れて逃げるべきかとも思ったが、ケガレが出現した緊急事態に背を向けるわけにもいかない気がしていた。だからつかんでいたタカシの上着のえり首を離した。そこに屋内から負傷兵を引きずりつつ通路に入ってきた兵士がいた。
「おい、こいつも負傷している。面倒を看てやってくれ」
 そう言った後、タカシに向かってノスリは言った。
「お互い生きていたら地上の話をゆっくり聴かせてくれ。頼んだぞ」
 ノスリは再び屋内に向かった。その背中にタカシが声を掛けた。
「おい、俺を連れて行け。俺ならあいつらを倒すことができる」
 ノスリは歩を止め、振り返った。確かに、本当に地上からこの男がやって来たのなら何らかの力を持っているのかもしれない。しかしノスリから見ると目の前にはごく普通にしか見えない男がいるだけだ。何ら特別に見えない。しかもケガを負っている。それに、自分たちではケガレに対抗できないと言われているようで、ノスリはついカチンときた。
「俺たちはこの地下都市を守る精鋭部隊だ。見くびるな。俺たちでどうにかする。すぐに戻ってくるからお前はそこで待っていろ」
 言うが早いかノスリは屋内に駆け去った。タカシは頭の傷から絶え間なく襲ってくる鈍痛に気が遠くなり掛けていた。しかし自分が行かなくてはマズい気がしていた。ここにいる者たちが皆殺しにされてしまう、そんな恐れを感じていた。
 HKIー500のブウウンという発射音、それに続いて発するボンッという破裂音が所々で聞こえはじめた。そんな中、ノスリは黒霧によって著しく視界が悪くなっている屋内で班員の名前を呼びながら走った。
「班長」
 ノスリ班の副官であるミサゴの声が聞こえた。その方向に目を向けるとそこに班員九人が固まっていた。
「みんな無事みたいだな」
 笑顔を見せはしなかったが、ノスリはみんなが無事で安心した。
「班長こそ」
 ミサゴは他の班員に比べて身長は低いが、隊服の下に隠された身体は鍛え抜かれ、男でも誰でも力比べで負けることはあり得ないという自信に満ち満ちている女の子だった。
「よしみんな落ち着けよ。まだ負傷者の搬送は続いているが、すぐに後退できるように退路を確保しつつ一体ずつ確実にケガレを撃ち落としていけ。まだあいつらもそんなに数は作り出せないようだ。周囲を警戒しつつ、みんなで同じ方向を狙え。確実に撃ち落とすんだ」
「十時の方向、一体来ます!」班員の声がした瞬間、他の九人が声を上げた班員と同じ方向へHKIー500を構えた。次々に引き金が引かれた。その円盤は欠片も残さず破裂した。
「十二時の方向、一体来てます」一斉にその方向へ視線を向けつつ構えて引き金を引いた。
「九時の方向、上から来ます」
 次々にケガレを破裂させた。しかし、時間の経過とともにケガレの襲来の頻度が増してきた。頭上で円盤が急ピッチで作られていた。周囲のあちこちにある壁や天井の亀裂や穴からは黒煙が更に勢いを増して流れ出ている。
「お前たち、先に行け。途中、道をふさぐ物があれば、どけて通れるようにしておけ。退却路を確保するんだ」
 ノスリは自分の班の班員三人にそう言って出口に続く通路に向かわせた。その三人に向かう円盤をノスリや他の班員が撃墜した。小人数だったこともあり、それほど多くの円盤に追われることもなく、無事その班員たちは通路に達することができた。
「全員前を向いたまま後退せよ。決してケガレに背を見せるな。後ずさりで後退しろ」
 このウトウの指示で、全員が少しずつ後ずさりをはじめた。しかしその間も円盤は終始、襲来してくるのでなかなか歩は進まなかった。
「ミサゴ、俺たちの背後を守れ。お前の背後は俺たちが守る」
「了解」ミサゴは向きを変え、ノスリたちと背中合わせになった。床も地割れが起きていて、所々凹凸が出来ていた。だから全員少しずつしか進めない。屋内のいたる所から兵士のうめき声が聞こえてきた。確かめなくても円盤に捕獲されたことが推察された。
“まずいな”円盤の数がとにかく多い、撃ち落としても撃ち落としてもキリがない。兵士の中には腰が引けて今にも出口に向かって走り出しそうな者もいた。兵士たちが共有している集団の雰囲気が次第に、不安と焦燥の色を濃くしていった。ウトウはそれを察して激しく声を挙げた。
「これしきの敵にビビんなよ、お前ら!お前らはこの地下都市の精鋭部隊だろ。こんな敵倒すのは自分の尻触るより簡単だろうが!撃て、休まず撃て!」
 兵士はふと胸中に飛来してきていた負の感情を払拭して、ギリギリの線で敵を倒すことに集中した。
「六時の方向、地面から何か出てきます」そのミサゴの声にノスリは振り返った。黒い衣をまとった人の形をしたものが現れていた。ミサゴがHKIー500の引き金を引いた。黒衣の頭が吹き飛んだ。しかし身体は倒れず、吹き飛んだ頭部分に黒霧が集まり渦巻き、瞬く間に無くなったはずの頭が再生された。
 チィッ、ノスリとミサゴはほぼ同時に舌打ちをした。周囲を見渡すといたる所から黒衣を着た者が現れていた。そして全身に漆黒の闇を思わす黒さをたたえ、目だけが赤く光っている犬の形をしたケガレも。
 黒犬は、猟犬の速さで兵士たちに襲い掛かった。薄暗い中、素早いその動きに狙いが定められない内に、何人かの兵士が腕に、足に、噛みつかれた。噛みつかれた兵士は力の限りに振り解こうとするが、その牙が肉体まで達した途端、黒犬が霧状になり、その噛み傷から体内に侵入し、その身体中を駆け巡り、脳内に到達して死に至らしめた。
 兵士たちは、とにかく円盤に黒衣に黒犬に向かって、エネルギー弾を放ちつづけた。黒衣は破裂させてもすぐに再生した。円盤と黒犬は破裂すると薄い黒煙となって、黒い霧の固まりに帰っていった。
 円盤も黒犬も次から次に作り出されていた。エネルギー弾は一発放つごとにエネルギーの充填をしなければならないので連射ができない。彼らがくり返しエネルギー弾を放つ速度と同程度、もしくはそれ以上の早さでケガレは生み出されていた。
 終わりの見えない戦い。三秒後に自分がどうなっているのか予想もできない。
「ひるむな!確実に一体ずつ倒せ!お前ら精鋭部隊に倒せない敵などいない。ひるむな!」
 ウトウは声を限りに叫んだ。もうそうするしかなかった。すでに屋内全方位に黒衣や黒犬や円盤がいて、完全に包囲されていた。エネルギー弾ももうかなりの量を放っている。あとわずかしか残りのエネルギーはないだろう。全滅の二文字が頭に浮かんだ。こうなったら一点突破しかないか、ウトウは通路の方向を見た。幾重にも黒衣や黒犬が待ち構えている。頭上には多数の円盤が浮かんでいる。
「総員、撤退!近くにいる者は集まれ。固まって通路に向かい突撃する。撤退だ」
 そうウトウが声を上げると、今まで円盤と黒犬に襲撃をまかせて周囲で戦況を眺めていた黒衣の者が、じわりじわりと包囲網を狭まるように兵士たちの方に近づいてきた。
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