思惑の中(9)

文字数 3,043文字

 センタービル四階に審判の場と呼ばれる部屋があった。
 カーキ色の開襟の上着に同じ色の制帽とズボン、そして白いシャツに濃い紺色のネクタイを締めたイカルと、同じ仕様の制服だが、スカートをはいたツグミが扉を開けて中に入っていった。
 この部屋には最奥部中央に、上下二段に分かれている法壇が設置されていた。八人の賢人たちがその場に座ることになっている。部屋の中央に重厚な木製の柵が横に伸びており、法廷と傍聴席を分けていた。
 この審判の場を使用する場合は、各委員会に事前に通達されることになっていた。実際、賢人たちの恣意によって密室で裁いているわけではないことを示す意味があったのだろう。各委員ごとに、希望すれば二名まで傍聴することができた。
 めったにこの部屋が使用されることはなかったが、たまに使用される場合もそれほど傍聴席が人で混み合うことはなかった。審判される案件に関係する委員や部署の者たちが傍聴するくらいで、毎回、席の半分が埋まればいい方だった。
 しかし今回は、やはりこの都市の非常事態に関する案件ということもあり、選ばれし方という物語上の人物に関することでもあり、どの委員会もほぼすべて出席しているようだった。そしてイカルたちの入室が遅れたことを見ても、治安部隊への連絡は、他の委員会に比べ、恐らく意図的に、後回しにされたことが察せられた。
 傍聴席部分には真ん中に人が一人通れるほどの通路があり、通路の左右に席が並んでいた。イカルたちは空いていた右側中ほどの列の奥、壁に近い場所に二人並んで腰を掛けた。
 予定していた開廷時刻を迎えた。
 法壇の前にある机に書記官が、法壇向かって左側の検察官席に二人の近衛委員が腰を掛けた。銃を手にした近衛委員が四名、それぞれ部屋の四隅に移動した。その後、二人の近衛委員に連れられてタカシが入室し、法廷向かって右手前の被告人席に着席させられた。タカシを連行した近衛委員は一人そのまま退室し、一人は法壇の横に立ち、部屋全体に向かって声を張った。
「全員起立。審判長並びに審判官入室」
 書記官や近衛委員、傍聴席に座っていた全員が立ち上がった。部屋の奥にある扉から首脳部の面々が並んで入ってきた。
 一、二、三の賢人が上段の法壇に並んだ。四、五、六、七、八の賢人が下段の法壇に並んだ。
「着席」
 部屋の四隅と法壇の横にいる近衛委員を除き、全ての人が椅子に腰を掛けた。
「ただいまより開廷する。被告人は前へ」
 上段、中央に座るこの審判の場の審判長である二の賢人の声が響き、審理が開始された。

タカシは委員とともに、中央部分にある壇の前に移動してその場に立っている。

『二の賢人』 君は認識番号不明、居住地不明、通称ナギセタカシで間違いないかな。
『タカシ』 はい、間違いありません。
『二の賢人』 君は取り調べに対し、地上からやってきたと証言しているようだが、間違いないかな。
『タカシ』 はい、間違いありません。
『二の賢人』 地上は人が住めない環境だと我々は認識している。
君はそんな所でどうやって生きていたのかね。
『タカシ』 私はこの世界に今日来たばかりです。
地上は確かに、皆さんが言うケガレがいて長くは住めない場所だと思います。
『二の賢人』 取り調べに対して他の世界から来たと言っているようだが、どこの世界から来たのかな。
『タカシ』 日本という国から来ました。ここからは色んな意味で離れています。
『二の賢人』 その世界からどうやってここに来たのかね。
『タカシ』 連れに、連れられてやってきました。
『二の賢人』 その連れの方は今どこに?
『タカシ』 今、他の世界に行っています。まもなく帰ってくると思います。
『二の賢人』 ふむ、何とも不明な点が多く存在するな。まあ分かった。
では検察担当委員、起訴状を。
『検察委員』 起訴状を読み上げます。
被告人は本日、午前七時頃、B3地区地上連絡通路入り口ホールにおいて大量のケガレを伴って出現。
地震発生後、午前八時から午前十時頃までの間、そのケガレによりその場に駆け付けた四十六名の治安部隊兵士を殺害し、この都市の治安を著しく危険に晒した。
評議会憲章第一項八条、外患誘致罪に該当いたします。
『タカシ』 待ってください。ケガレは私が連れてきた訳じゃないんです。
地震で天井や壁に亀裂が出来て、そこから出て来たんです。
『二の賢人』 勝手な言動は慎むように。この場で発言するには私の許可が必要だ。忘れないように。
これから君はいくつか質問される。
それに答えたくなければ黙っていてもよい。
答えたければ答えてもよい。
しかしこの場での君の発言はすべて証拠となり、審理の材料となることを忘れないように。
被告人は今の起訴状の内容に関して意見はあるか。
『タカシ』 はい、あります。その内容を否認します。
私がケガレを連れてきた訳ではありません。
この都市の治安を危険に晒すつもりもまったくありません。
『検察委員』 審判長。犯罪事実を認定するに必要な証拠として、証人尋問を請求します。
『二の賢人』 証人はこの書面に記されている兵士かな。
『検察委員』 はい、B3区画でのケガレ襲撃に対応した者で、数少ない生き残りの兵士です。
『二の賢人』 請求を許可する。証人をここへ。

検察担当委員が法壇横に立っている警備担当委員に頷く。
その委員が扉を開き内部に声を掛ける。
タカシ、被告人席に移動。
ノスリ入室。室内中央の壇に進み賢人たちの方向を向く。

『二の賢人』 先ずは宣誓を。
『ノスリ』 お方様の御名において、真実を述べ、偽りを述べず、何事も隠さないことを誓います。
『二の賢人』 よろしい。この審判の場においては通常の裁判とは異なり、もし虚偽を述べたことが判明した場合、反逆罪等の、重大な罪に問われる可能性があることを忘れないように。
『ノスリ』 はい分かりました。
『二の賢人』 では認識番号と所属を述べよ。
『ノスリ』 認識番号0502139、治安部隊ウトウ分隊所属、通称ノスリです。
『二の賢人』 よろしい。担当委員、尋問をはじめよ。
『検察委員』 では、認識番号0502139。
本日、B3区画、地上連絡通路入り口ホールで、あなたが見た状況及びそれに至った経緯を述べてください。
『ノスリ』 はい。我々はB地区警護の任に当たっておりました午前六時少し前、記録を見ればはっきりとした時間が分かりますが、B3区画地上連絡通路入り口に、侵入者の存在を感知した旨の警報を受けました。
我が班は治安部隊本部に連絡の後、指令により現地に向かいました。
現地到着は午前七時過ぎ頃、入り口から通路を経て、ホールに到着するとそこに一人の男の姿を発見しました。
『検察委員』 その男とは誰ですか。ここにいますか。
『ノスリ』 はい、その被告人席に座っている男です。

ノスリ、振り返りタカシに視線を向けてすぐに正面に向き直る。

『検察委員』 分かりました。続けてください。
『ノスリ』 はい。その男は・・・
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