秘匿の中(6)

文字数 4,083文字

「あいつらは、君たちを形づくるものであり、糧でもある」
 カラカラの先導でイカルとタカシとナミは廃棄物処理場に向かっていた。廃棄物処理場から伸びる隠し通路からイカルは偵察に行く予定だったが、タカシもナミもイカルの強い勧めもあり、緊急時の脱出路を確認するために入り口まで着いていくことにした。その道すがら、家屋の前にある水槽の大ミミズたちについて疑問に感じていることをイカルは訊いた。どうしてこんなに大量の大ミミズを飼っているのですか?その質問に対してカラカラは答えていた。
 カラカラのその言葉にイカルたちはちょっと何を言っているのか理解出来なかった。カラカラはイカルのキョトンとした顔つきを見て、彼らが実情をほぼ知らないことを理解した。
「そうか、君たちは自分がどうやって生まれてきたか知らないのか」
 大ミミズをなぜこんなに大量に飼っているのか、を訊いただけだった。それがどう自分たちの出生に繋がるのか、イカルには皆目見当がつかなかった。ただ少しだけ嫌な予感がしていた。
 カラカラは年齢の割に足早に歩きながら話を続けた。
「十年前、この地下世界に移住した時、人口は丁度いい程度だった。それから首脳部は人口統制をして、ほぼ人口の推移がないように調整を試みた。とはいえ、人が死ぬのを制御することは困難なので、出生数を統制しようと試みたのだ。しかしすぐに齟齬が生じた。誰も予想だにしなかったことなのだが、この地下世界に移住してから間もなく、すべての住民から生殖能力が失われてしまったのだ。それが何故か、ケガレに接したせいか、陽の光の欠如のためか、人工食物のせいか、理由は分からないが子どもを作ることが出来なくなってしまったんだ。しかし毎年、毎日、人は死ぬ。そのままでは人口は右肩下がりに減り続け、都市自体が消滅してしまうことは火を見るよりも明らかだ。そこで首脳部の連中は慌ててわしのところに駆け込んできおった。その問題をどうにか解決してくれ、とな」
 ただ前だけを見詰めてカラカラは語り続けた。イカルは気分が悪くなりかけていた。自分の出生に関わることなど知らない方が良い気もしたが、ここまで聞いてしまったら最後まで聞いてしまわないと気になってしょうがなくなるだろう。次第に好奇心が頭をもたげていた。
 そんなイカルの表情をちらりと見て、カラカラは言った。
「まあ、その話は後でゆっくりしてやる。そこが廃棄物処理場だ」
 それは言われなくても分かった。地区内の他の場所より少し天井が高くなっている地点の岩の壁にかなり大きな穴が穿たれ、奥に伸びていた。そしてその入り口から見上げるほどに、壊れた機械類や建材や化学製品などが雑多に山積みされていた。近づいてみるとその穴はかなり奥まで伸びており、その末端まで廃棄物で埋まっているようだった。
「もうここもいっぱいいっぱいだ。発光石の層の外に出てしまうとケガレの侵入を許してしまう可能性がある。だからこれ以上、穴を大きくする訳にもいかないし、掘ればその砕石や土砂をまた処分しないといけなくなる。先月、アントの連中の掃討を理由に、委員たちがこの地区に大挙して押し寄せてきて、ほとんどの住人を反社会的活動の幇助という名目で捕縛していった。もちろんこの地区にはアントの連中が多く潜んでいたが、大半の住民は何の関係もなかった。アントの構成員と個人的な繋がりがあった住民は多いが、別にその行動に加担していた訳ではない。しかしあいつらは情け容赦なく、ほぼすべての住民をこの地区から追いやってしまった。あいつらはこの地区全体を廃棄物処理場にするつもりだ。人々の生活や思い出が染み込んでいることなど一切気にせず、ここを潰して向こう十年は安心して廃棄出来る処理場を造るつもりなんじゃよ」
「ではなぜ、あなたはここに残っているんですか?」
 先行していたカラカラやイカルたちに追いついてタカシが訊いた。
「それは、わしがこの廃棄物処理場の管理人だからです」
 イカルが静かに口を開く。
「あなたはお方様の一番の側近で、一の賢人になってもおかしくないほどの方だと聞いています。そんなあなたがなぜ廃棄物処理場の管理人になっているのです?」
 カラカラが自虐的な笑みを浮かべてから言った。
「それは、わしが今の首脳部と事あるごとに対立していたからだ。この地下空間への移住は確かにお方様のご意思ではある。しかしそれは永遠ではないはずなんだ。このゴミの問題もそう、食料問題もそう、人口減少問題もそう。人間は地下で暮らすようにはできておらん。だからいつか地上に出る時がくる。お方様もまた陽の光の下に出られる時がくる。そうならないといけないのだ。きっとお方様もそれは分かっておられると思う。一番身近にいたわしが言うのだから間違いない、きっと。しかしそれを首脳部の連中は認めようとせん。この地下空間で永住することを前提にしてしか物事を考えられなくなっておる。それは当然だ。地下空間でどのように生きていけばいいのか、戸惑う人々に生きる指針を与えることが出来るのだから。この地下空間から出れば、みんな今ほど奴らを頼ろうとはせんだろう。奴らは日々この地下空間を自分たちの特権が保てるように造り上げようとしておる。そして、その一番の成果であるブレーンよってこの都市は運営されている。一番効率的だが、本当に重要なことはデータにないから分からない、そんなポンコツによってこの都市は動いているのだ。だから奴らとは折り合えなかった。その挙句がこの閑職だよ」
 カラカラは廃棄物の山の脇にできている細い通路を奥に進みながら更に言った。タカシたちは黙って話を聴いていた。
「どういう経緯かは知らぬが、きっとお方様は選ばれし方様の存在を知って、自らの殻とも言える白い塔を脱して地上に回帰する気になられたのだろう。いや、というよりそれが出来ると初めて自覚されたのかもしれん。ただ今、お方様のご意思はこの都市には及んでいない。この都市の隅々にまで複雑に入り込んでいるブレーンの意思がそれを強く邪魔している。我々はブレーンの邪魔が入らないように直接、選ばれし方様をお方様に会わせなければならない」
「手っ取り早く、そのコンピューターを破壊してしまえばいいんじゃないの」
 列の後方にいて大人しく話を聴いていたナミが声を発した。
「それが出来ればいいのだが、この都市は良くも悪くもブレーンによって運営されているのだ。はっきり言って首脳部や委員たちがいなくなってもブレーンさえ健在ならこの都市はさして支障もなく運営していけるだろう。ブレーンは文字通りこの都市の頭脳としてこの都市のすべてに関わっているのだ。ブレーンの破壊はこの世界に存在する人々の生命を危険に晒すことに即、繋がる」
「山崎リサ、この世界で言うお方様の力をもってすれば、都市の運営も可能なんじゃない?創造主でしょ。それくらいの力は持っているんじゃない?」
「それは・・・そうなんだが。それは選ばれし方様次第かと。お方様は、もちろんこの世界のすべての源であり、この世界そのものである。だからその本来のお力を発揮されればそれは容易いことだろう。しかしお方様は、まだお若い、うら若き女性なのだ。我々は今までずっとそれを顧みずお方様に頼ってばかりであった。お方様は一人で耐え忍び、挙句にお隠れになられた。現状の責任は我々にある。だからこれ以上、お方様に無理は言えぬ。ただ、選ばれし方様がお方様をあるべきように導いてくださることを望むばかりなんだ」
 カラカラは立ち止まってナミの前にいるタカシに視線を向けた。タカシとしてはリサをどこにどう導いたらいいのか分かる訳もなく、何ともその言葉に応じることが出来なかった。ただ彼の場合、リサと一緒にいると世界が変わり、自分も変化する。見る景色、聞こえてくるすべての音、感じる感覚のすべてが色を増したかのように変化する。自分の思考形態そのものが変化して、今まで意味がないと思っていたものが自分の人生に大切な意味を持ちはじめる。もしリサが同じように感じてくれているのなら、会えばその答えが見つかるかもしれない。そんな気がしていた。
「ここじゃ」
 タカシの姿を少し眺めた後、カラカラが壁に向き直って言った。そこには掘削機で削った跡が荒々しく残った岩の壁があるばかりだった。
 カラカラが壁の少し突起している部分に手を触れてそのまま横にずらした。岩の下からパネルが出てきた。そのパネルに手を置いた。するとパネルがほんのりと光り、少しの間が空いて、急に壁の一部が透明に変化した。
 イカルは少し驚いた。なぜこんな所に塔境内入り口と同じ仕様の扉が設置されているのだろう、境内入り口以外にこの仕様の扉が設置されている話など聞いたことがない。そのイカルの怪訝そうな表情に気づいてカラカラが言った。
「この扉は構造的にはそんなに難しいものじゃない。材料さえあれば難なく作れる代物だ。そしてここは材料には事欠かん」
 言いながらかたわらの廃棄物の山を顎で示した。たぶん、どういう構造なのか聞いても自分にはきっと理解出来ないだろうと思ったので、イカルはただ、はあ、とだけ答えた。
 扉が音もなく両側に開いた。灯りもない通路が深い暗闇に向けて一直線に伸びていた。
「出口にも同じ扉があるが、すでに君のことは認識させておる。先ほどと同じようにパネルに手をかざせば開くはずだ。それからこれを持っていきなさい。委員たちの通信を傍受出来る。あらゆる波長を傍受出来るが、ただ、かなり近くにいかないと受信出来ないからそのつもりで」
 カラカラは手首に取り付ける通信器をイカルに手渡した。イカルは短くお礼を述べた。そしてタカシとナミのいる方へ向き直った。
「では、選ばれし方様、行ってまいります。ナミさん、どうか選ばれし方様のこと、よろしくお願いします」
 気を付けて、とタカシは言った。あなたに言われる筋合いはない、とナミが言った。
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