深層の中(3)

文字数 6,043文字

 一団はタゲリ班を残して移動をはじめた。塔から本部までは、歩いても五分と掛からない距離しかない。彼らは姿勢を低くして塔と本部の間にある木立の下まで移動した。
 木を背にしてツグミは座った。そこから本部ビルが見渡せた。ツグミは、エナガに二方向に斥候を放つように依頼した。エナガはすぐさま本部の左右に斥候を二名ずつ放った。その帰りを待つ間、ツグミはトビとエナガと打ち合わせをした。モズ隊のトビとツグミは、日頃から出入りしている分、内部構造は熟知していた。
 扉は前後左右四か所にある。どの扉もあまり大きくはない。内部からの抵抗があった場合、一気に突入するのは難しい大きさだった。またどの方向にも格子のはめられた前時代的な窓が複数あったが、その見た目とは裏腹に、すべて防弾で堅固に作られていた。どの方向からでも外部から物理的な攻撃を加えて一気に侵入するのは難しく思われた。
「トビ、忘れないうちにレンカクの伝言を伝えておくわね」ツグミは斥候を待つ間に、レンカクが言い残した模擬戦の作戦を、なるべく覚えている範囲で詳細に語った。
「なんだよ、その作戦。引っ掛ける本人を相手に言っちまったら、どうしようもないじゃねえか」エナガが苦笑まじりに言った。
「いい作戦だと俺は思う。確かにそれならイカル班本隊の居場所を露呈させることができる。それにしても、なんでそんな簡単なこと、今まで気づかなかったのかな。やっぱり俺は抜けてんな。レンカクはよく周りを見ているし、よく気づくし、頭がいいな」
 トビは微笑んでいたが、目にはなんとなく悲し気なもやが掛かっていた。
 しばらくして斥候が戻ってきた。どの斥候も同じ報告をした。
 彼らから見て正面の扉に警護の委員が二人いる。その他、外には委員の姿は見当たらない。窓にはブラインドが下りており、内部の様子は分からなかった。以上の情報をもとに、三人は更に打ち合わせをつづけた。
「数人で一か所の扉にエネルギー弾を放って、大きな穴を作って、そこから一気に内部に侵入して制圧するのはどう?」
 エナガもトビも納得していない表情をした。
「本部はかなり堅固にできてるって話だ。一気に破壊できなかったら、抵抗にあって余計な時間が掛かるかもしれないぞ」
 エナガが珍しく真面目な顔つきをして言った。
「ちょっと待てよ、ツグミ。何も俺たちが攻撃を仕掛ける必要はないぞ。俺たちにはお方様の指令がある。塔もお前とレンカクで制圧した。それなら堂々と降伏勧告したらどうだ。分はこちらにある。それでダメなら正面に注意を逸らした状態で、後方から一気に突入したらどうだろうか」
 それもそうね、トビの意見にツグミはそう思いつつ言った。
「分かったわ。そうしましょう。じゃエナガ、あなた班員を半分連れて正面から交渉に行ってくれる?トビは班員と建物後方に回って、合図があったら建物内部に突入して」
「ちょっと待て、何で俺なんだよ。交渉なんて俺よりもお前たちがした方がよっぽど成功する確率高いだろ。無茶なこと言うなよ」
「あなた声が大きいでしょ。だからあなたにお願いしたいのよ」
「それだけか?」
 もちろんそれだけではなかったが、大きな声を発してもらうことで、ビル内部の委員たちを動揺させたい、可能性は低いかもしれないが内部の兵士たちに蜂起を、抵抗を喚起させたい思いもあった。そしてエナガは比較的気が短い。衝動的に行動するところもあった。だから現状を打破するのにうってつけのような気もしていた。またエナガは勘がよく、すばしっこいところもあったので、危険が迫った場合、トビやツグミより回避できる確率が高い気もしていた。ツグミはそんな事柄を考える間もなく感じて任命していた。
「俺もお前が適任だと思う」
 トビの言葉に、エナガはえーっと言いつつ結果、了承した。
 それから少しの間、打ち合わせをして、彼らは自分の持ち場に向かった。トビは残っている班員を連れて、木立が立ち並ぶ通りの方へ迂回してビルの後方に向かった。エナガ班は三つに分かれ、一方は比較的警戒が薄そうなビルの正面向かって左側、塔が建っている方角とは逆方向に三名移動し、もう一方は木立を伝いながらビルの右側に二名回った。残りはエナガとともに正面の入り口に向かう予定だった。
「じゃ、エナガ頼むわよ。こんな所で時間を掛けるわけにいかない。あなたの働き次第でこの世界の存亡が決まるのよ」
「今から行くってのにプレッシャー掛けんなよ」
 エナガは襲いくる緊張感に少しいら立っているように見えた。
「とにかくお願いね、頼んだわよ」
「分かった。行ってくる」
 エナガは四名の班員を連れて木立を出て、ビル正面に向けて歩を進めた。
 木立とビルの間を半分行ったくらいの場所で、エナガは振り返った。ツグミは、なに振り返ってんのよ、と思いつつ手で先に進めと指し示した。
 もうとっくに警備の委員にエナガたちの姿は認められているようだった。やがて声が聞こえた。
「止まれ。これ以上、近づくことは認められない。下がれ」
 エナガとその班員は、その声を無視して更に歩を進めた。その手にはすでにエネルギー充填の済んだHKIー500を抱えている。
 警備の委員たちは、自分たちの言葉を無視して近づいてくる兵士の一団に、不審の感情を抱いた。そこで一人は通信機器で内部の仲間に連絡し、もう一人は兵士たちに向けて勧告を発した。
「止まれ!武器を下に置き、ヒザをついて手を頭上に上げろ。抵抗するなら発砲するぞ」
 エナガは更に歩を進めつつ言った。
「充填もしないでどうやってエネルギー弾を撃つって言うんだ?」
 委員たちは一瞬、手に抱えたHKIー500に視線を向けた。その瞬間、大音声が辺りに響き渡った。
「動くな!」
 警備の委員たちは身体をビクリと波打たせながらエナガたちに視線を戻した。そこには自分たちに向けられた五つの銃口があった。
 正面扉から新たに複数の委員が出てきかけたが、いきなり銃口を向けられていたので、外に出ることをあきらめて、あわてて屋内に戻っていった。
「いいか、あんたたちに勧告する!俺たち治安部隊は先刻、お方様に反逆していたブレーンコンピューターと四の賢人とそれに従っていた近衛委員たちを鎮圧して、塔を制圧した」
 ここでエナガはいったん言葉を切った。完全に目の前にいる委員たちを呑んでいることを身体いっぱいに感じていた。目の前の委員たちはもちろん、ビル内部の委員たちや兵士たちも、おそらく彼の言葉に耳を傾けていることだろう。エナガは少し楽しくなってきた。
「内部にいる賢人及び委員の方々に告ぐ。今、あんたたちがしていることはお方様の考えとは真逆の行為だ。つまり反逆行為だ。今すぐに拘束しているすべての人を解放しろ。それがお方様のご意思だ。従わないなら反逆者として俺たちがここで射殺する。命が惜しければ、今すぐ武装解除して建物から出てこい」
 ツグミは木陰に座ってジッと様子をうかがっていた。本部ビルに内部からの動きは見られなかった。窓から攻撃されるかと思ったが、落下防止のため、すべての窓は横開きに半分も開かないし、加えて格子が設置されていたので、エネルギー弾を放つには適さない。屋上に上がれば上からエナガたちを攻撃できるだろうが、本部ビルの屋上は、外部からの侵入を警戒して重厚なセキュリティが設けられていた。内部に勤めている兵士でも屋上に上がるには多少の時間が掛かる。兵士を連れてセキュリティを解除して屋上に出て、という手間を委員たちがいとわず行うかどうか。委員たちが、屋上からの攻撃という考えに至らない、もしくはその手間を避けたとしたら、残るは四か所ある扉から外部に出て攻撃を仕掛けるしかなくなるが、どの扉が開いたとしても対応できるように兵士を配置している。ツグミとしては相手が、この世界の上層部である賢人と委員たちに歯向かう者があるとは考えず、大して警戒をしていないだろうと予想していた。あとは相手の出方を見守るだけだった。
「銃を下に置いてヒザを着き、両手を頭の上にあげろ」
 そうエナガに命じられた委員たちはとまどっていた。言われた通りにするべきか否か、でも、もしかしたら助けはこないかもしれない。このままなら撃たれてしまうかもしれない。
「早くしろ!」
 エナガの再度の声に、委員たちは思わず従った。早く助けに来てくれ、と建物内に向けて念じながら。
 一方、建物内部では混乱がはじまっていた。委員たちの動揺が空気をどんよりと重くしていた。塔が占拠された?近衛委員が鎮圧された?俺たちが反逆者?お方様の意思に反している?そんなはずは、と自分に言い聞かせる反面、もしかしたらという思いも払拭しきれない。どうするのが最善なのだろうか。
「みんな騙されるな、デマに決まっているだろう。動揺するな」
 建物一階の真ん中で白衣を着た八の賢人が、小柄な身体から絞り出すように声を張り上げていた。
「どうしてデマだって言える?我が兵士たちは戦闘のプロフェッショナルだ。人知を超えるケガレを相手にするため、日夜、戦闘技術を磨いているんだぞ。委員相手なら負けるはずがないだろう。それにさっきから塔の光が強くなっている。これはお方様のご意思の発現ではないのか。お前たちの動きに対してお方様がご意思を発動されたのだ。これ以上、お方様に背くな。みな降伏しろ」
 ざわついている屋内を這うようにモズの声が広がり、委員たちの耳朶にまとわりついた。それはごく落ち着いた声、しかし有無を言わせぬ声だった。
「何をバカな・・・」
 モズの声を否定しようとする八の賢人の叫喚は空しく響くだけだった。
 委員たちの脳裏にはわさわさと想念が蠢いていた。確かに兵士たちはここに来ている。このままここにいたら反逆者として処罰されるかもしれない。抵抗したら発砲されるかもしれない。
 元来、ここにいる委員たちは各委員会からの寄せ集めで、もちろん日常的に戦闘要員として訓練されたことなどない。そのため、今の自分の任務に疑問を持ち状況の不利を悟ってしまうと、統率の乱れは繕うばかりか益々大きくなるばかりだった。
 早く逃げ出したい。固唾を呑んで状況を見守っている委員たちはそう思いつつ、じっと状況が変化する時を待っていた。
「中にいる委員たちに告ぐ!今すぐ武器を捨てて降伏しろ。降伏しない者は皆殺しにするぞ」
 別段、防音に特化しているわけでもない建物内に、エナガの声が響き、委員たちの耳朶に勢いよく突き刺さった。そして続いて破裂音。建物がほんの少しだけ小刻みに揺れた。
 おい、逃げるぞ。委員の一人が側にいた同僚に言った。彼らはそのまま南側、塔とは逆方向の扉、もし包囲されていても手薄そうな地区外側に向かう扉に向かって静かに移動し、HKIー500を手に抱えたまま扉を開けて外に出た。
 その姿を認めるとすぐに、ツグミは通信器に向かって声を発した。
「南側扉、内部から人が出てきた。逃がさないで。トビ班、南側から内部に突入よ」
 塔を囲んでいるケガレのせいだろうか、通信器からは大量のノイズが聞こえた。ちゃんと通信ができているのか心配だったが、複数の、了解という声が聞こえてツグミは安心した。そしてそのままその場に立ち上がり、建物正面に向けて駆け出した。
「動くな。武器を捨てて手を上げろ」物陰に隠れていた、南側にいた三人の兵士が銃口を向けながら、扉から出てきた委員に向けて叫んだ。扉の外側には五人の委員がいたが、まだ扉の中から外に出ようとしていた委員がいた。外側にいた委員はすぐに武器を捨てて手を上げた。しかし扉近くの委員は屋内に戻ろうとした。
「動くな」
 兵士の一人がそう言いつつ扉の上部にエネルギー弾を放った。破裂音と同時に壁面の欠片が委員たちの頭の上に振ってきた。扉付近の委員も立ち止まり手を上げた。
 ツグミは片足を引きずりながら、身体の痛む箇所をかばいながらも全速力で駆けつづけた。エナガたちの脇を通りすぎ、ヒザを地に着けている二人の委員の元まで一気に走って、その一人の前で立ち止まると胸ぐらを片手でつかみ、ねじ上げながら言った。
「すぐにそこの扉を開けなさい。ためらうことは許さない。開けないならここで銃を使うことになる。すぐに開けて」
 胸ぐらをつかまれた委員は、突然現れた冷徹な目と声音に怖気づいた。あわてて扉のもとまで行き、セキュリティ―に自分を認証させて扉を開いた。
「エナガ、突入よ」
 そう言うが早いか、ツグミは扉の中に消えた。エナガたちはあわててその後を追った。HKIー500を両手で右ほお横に構えながらツグミは屋内に駆け込んだ。背後から、全員武器を置いて手をあげろ、と叫ぶエナガとその班員がつづいて駆け込んだ。正面扉付近にいた者たちはすぐに鎮圧されたが、奥側にいた委員たちは一瞬抵抗する気配を見せた。しかしそれもすぐさま南側扉から突入してきたトビとその班員の姿を見ると、たちまち抵抗の気配は霧散して、おとなしく降伏する意思を示すために武器を足元に置いて手を上げた。
 ツグミは周囲を見渡して、すぐに椅子に座っているモズ隊長とその横にHKIー500の銃口をモズ隊長に向けながら立っている八の賢人の姿を見つけた。そのとたんにドクンと心臓が脈打つのを感じた。ツグミは瞬時に賢人に向けて、お手上げ状態の委員を押しのけ、床に置かれたHKIー500を踏み越えてまっしぐらに駆けた。
「近づくな、こいつを殺すぞ。本当に撃つぞ」
 目の前の小男は震える声で言った。弾を撃って、絶対に外さない距離まで近づいてツグミは立ち止まった。その手はHKIー500をしっかりと目の前の賢人に向けて構えている。もちろん充填は済んでいる。心臓が鼓膜に響くくらいに脈を打っている。また邪魔が入った、時間がないのに、どうして邪魔ばっかりするの?そんなにあたしを困らせたいの?
 憤怒の情があふれそうで目を細めた。深く息を吸った。何度も何度も。でも脈は一向に穏やかになる気配を見せなかった。これはあたしの体内に入ったタミンの分身があたしの願いを叶えるために、あたしを突き動かそうとしているの?すべての障害を取り除くために破壊もいとわず、人を殺すこともいとわない・・・。手が震えた。ダメ、あたしのことなんだから、あたしがちゃんとコントロールしないと、あたしの感情はあたしだけのものなんだから。
「早く、銃を下ろせ。こいつを殺すぞ」
 怒りの感情が次々に湧き出していた。喋ることも難しかったが、これだけは言わなければならないと無理矢理吐き出すようにツグミは言い放った。
「あなたはまだ分からないの?この状況でまだ歯向かうなんて、どれだけ身の程知らずなの。ちょっと脳みそが足りないんじゃないの」 
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