思惑の中(3)

文字数 3,833文字

会議室。中央に大きなテーブルが設置されている。
テーブルを囲むように置かれた革張りの椅子に八賢人が座っている。
委員、入場。部屋の端に立つ。

『委員』 首脳部の皆様、選ばれし方様が到着されました。現在、貴賓室にて待機していただいております。
『一の賢人』 うむ、分かった。ご苦労。

委員、深く頭を下げてから退場。

『一の賢人』 さて、皆さん。お聞きの通り選ばれし方と思しき人物が到着されたようです。どのように対処するべきか今一度、確認しておきましょう。
『二の賢人』 先ずは、その者が本当に選ばれし方なのか確かめないといけませんな。もしや選ばれし方を騙る輩もいないとは思いますが、ことはこの都市の存亡を左右しかねない事柄ですからな。
『三の賢人』 そのことにつきましては先ほども申しました通り、環境委員からの報告ですが、その者がこの世界に来たと推測される時分から、発光石の光度、発熱量、含有エネルギー量等々の値の上昇が見られます。
このことからその者の存在がお方様の情緒に、何らかの影響を与える存在であることが推察されますな。
『六の賢人』 ということは選ばれし方で間違いないということですな。
『七の賢人』 間違いないですな。
『八の賢人』 ないですな。
『一の賢人』 うむ。では、選ばれし方で間違いないとして、どう対処するか。
『二の賢人』 我々と同じように現状維持を望んでいるなら歓迎しよう。
『三の賢人』 大いに歓迎しよう。
『四の賢人』 都市を挙げて歓待しましょう。
『二の賢人』 もし現状の変革を望むのなら。
『三の賢人』 地上への移住を望むなら。
『四の賢人』 この都市の放棄を望むなら。
『五の賢人』 拘束、監禁、抹殺。
『六の賢人』 力を発揮される前に亡き者にせねばなりますまい。
『七の賢人』 亡き者にせねばなりますまい。
『八の賢人』 なりますまい。
『一の賢人』 いや、お待ちください。
選ばれし方の処遇をここで決めるのは早計ですな。
もし、選ばれし方に危害を加えてそのことをお方様が察知した場合、お方様の情緒に著しい変化を引き起こすことが考えられる。
もし、それが原因で発光石の力が弱まればこの都市のセキュリティはおろか、エネルギー供給の面でも我々は非常に苦しい立場に陥ります。
『三の賢人』 では、どうするおつもりか。
万が一、選ばれし方がお方様をそそのかして地上を望まれたら、我々は黙ってそれに従うしかないのですかな。
牧羊犬に急きたてられて群れごと柵の中に入るしかない羊のように、粛々と地上へと追い立てられるしかないのですかな。
ケガレが手ぐすね引いて待っている地上へ、のこのことエサになりに行くしかないのですかな。
『二の賢人』 ブレーンはこの件について何と言っているのでしょうか。
『四の賢人』 ただ排除せよ、との回答でした。
『七の賢人』 ブレーンがそう言うなら排除すべきでは。
『八の賢人』 排除するべきだ。
『四の賢人』 ブレーンとしては、その存在がこの都市に害をもたらすか、安寧をもたらすか現時点では判断がつきかねない。
それなら、害をもたらす可能性がある以上、排除するべき、との判断だったのかと。
『七の賢人』 ブレーンの判断に従うべきだ。
害をなす可能性があるなら排除することに躊躇うべきではないでしょう。
『八の賢人』 躊躇っていると遅きに逸しますぞ。
『一の賢人』 しかし事は重大である。
それに護衛の兵士たちをはじめ多くの住民に選ばれし方の存在は、すでに知られてしまっているだろう。
それを隠密裏に処理してしまえば、我々への住民からの不信を招きかねない。
『四の賢人』 しかしブレーンの判断ですぞ。
一の賢人はブレーンの判断に疑念を向けるのですか。
『一の賢人』 そうではない。しかし拙速に判断するべきではないと考える。
あらゆる事態を鑑み、後顧の憂いを除き、最良の手を打つべきだと考えている。
『四の賢人』 ブレーンの判断が最良ではないと。
『一の賢人』 もちろんだ。
この不測の事態ではブレーンも判断を下すための材料が不足しているだろう。
現時点ではその判断が最良かどうかは不明と言わざるを得ない。

その場にいた全員が各自声を上げる。しばらくざわついている。

『四の賢人』 今までこの地下都市はブレーンによって運営されてきました。
ブレーンの判断に間違いなどあるはずがありません。
それに疑いを差し挟むなど、この都市の安寧を揺るがす由々しき反社会的行為ですぞ。
『八の賢人』 そうだ、許されぬ由々しき行為だ。
『一の賢人』 バカな、ブレーンはいくら高性能だとはいえ、ただの人工知能だ。
この都市の運営を司る面では大変有効だが、重要事項の判断を委ねるべき存在ではない。
『四の賢人』 一の賢人様はどうやらお歳を召したためか、自らの考えに固執して、現状を視認する気はないようですな。
ブレーンは開発時から日々成長しております。
あなたが携わった開発時から現状ではその能力、精度に雲泥の差があります。
現在のブレーンは私たちが時間を掛けてじっくりと考えるより早く、そして確実に最良の判断を下すことが出来るのです。
その証拠に現在に至るまでこの都市の運営は、特に問題もなく、滞りなく行われています。
それもブレーンの判断に従って、不穏分子を排除し、人々の生活を管理してきたからこそです。
我々はブレーンの判断を疑ってはならないのです。
例え些末な事柄でさえ、疑うべきではありません。
ごく小さな穴でも、そこからヒビが広がって崩壊に繋がってしまいます。
我々はブレーンの判断を最大限尊重し、それを人民に伝えるだけでよいのです。
『八の賢人』 その意見に賛成である。今回の件も、我々はブレーンの判断に従って処理をいたしましょう。
『一の賢人』 危ういな、君たちは。
何事も妄信するべきではない。
疑って掛かるくらいがちょうどいいと思うのだが。
『四の賢人』 それは無駄というものです。
『二の賢人』 そうは言っても、確かに一の賢人が言うように、兵士をはじめ多くの住民に選ばれし方の存在は知られているだろう。
それをこのまま排除するというのはあまりにも乱暴に思える。
『三の賢人』 確かにそうですが、それではいかがされるおつもりですか。
『二の賢人』 事はこの地下都市の重大事である。
私は権限により、審判の場を設けたいと思うがいかがだろうか。
『三の賢人』 そうですな。
それなら委員たちにも周知できますし、住民からの不満の声も上がりづらくなるでしょう。
『二の賢人』 では、一の賢人も四の賢人もこの件については審判の場を設ける、ということでよろしいかな。
『一の賢人』 異論はない。
『四の賢人』 よろしいでしょう。
しかし皆様、ブレーンの判断を決して忘れないように。
この地下都市のためにも、人民のためにも、その判断を尊重するように願っております。
『二の賢人』 では、本日午後四時より審判の場を設けることといたします。
至急各委員に通達をするように手配しましょう。
『四の賢人』 そのことに関して一つ懸念がございます。
『二の賢人』 懸念?
『四の賢人』 ええ、治安部隊の事です。
調べたところによると隊長であるモズが、反社会勢力と繋がっているという情報があります。
『三の賢人』 反社会勢力だって?
『四の賢人』 はい、アントという団体です。
『五の賢人』 そのアントという団体は先月、八の賢人の指揮によりE地区で掃討作戦を行い、確か壊滅したんじゃなかったかな。
『八の賢人』 はい、確かに団体としては、もう消滅したと申し上げてもよろしいかと思います。
ただし、まだその残党が各地区に潜伏しております。
『一の賢人』 ではその残党とモズ隊長との間にいまだ繋がりがあると。
『四の賢人』 はい、捕縛したアント構成員からの情報を集積した結果、まだ確たる証拠はありませんが、その可能性を拭い去ることが出来ません。
ですので、あくまで可能性の話ですが、いつ治安部隊が反乱を起こしても不思議ではありません。
『二の賢人』 そんなバカな。
『四の賢人』 もちろん、そんなことが起こるなど考えにくいですが、用心に越したことはありません。
『二の賢人』 具体的にはどうしろと。
『四の賢人』 今後、選ばれし方の周囲と塔から、なるべく治安部隊を遠ざけた方がよろしいかと。
そして必要が生じた場合、速やかにモズ及びその関係者を捕縛する体制を構築しておきましょう。
『二の賢人』 分かった。ではその辺りのことはあなたにお任せしましょう。
四の賢人、お願いしてもよろしいかな。
『四の賢人』 もちろんです。お任せください。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み