秘匿の中(2)

文字数 3,297文字

 黒い、ケガレか、倒す、イカルは銃を構えたままエネルギーの充填を待った。逃げられないうちに早くしてくれ、そう焦れた。横ではナミがその生き物に向けて手のひらを向けていた。
 突然、黒い煙がつむじ風のような速さで、攻撃態勢に入った二人と黒い生き物の間に一瞬にして飛び込み、更に固体化し、二匹の小さく黒い生き物に変化した。
 黒い生き物たちは、目の前の二人から、鋭い殺気を感じた。ほんの一瞬後には自分たちが粉微塵に消されてしまうことが予想された。だから三匹ともに即座に、必死に訴えた。
 手のひらが相手に見えるように両腕を上げ、とにかくキーキキ、キーキキとしきりに声を上げていた。その姿を見てイカルは少しの間、躊躇いを見せた。ナミは躊躇うことなく自らの能力を発現させようとした。黒い生き物のうち一匹の身体が急に捻じれ曲がった。
「待って!」
 突如、ツグミが声を上げて、ナミと黒い生き物の間に割って入った。
「どきなさい。邪魔よ」
 ナミがその冷たい視線と同じくらい感情の入っていない声で言った。
「このコ、たちは、敵じゃ、ないみたい」
 捻じれ曲がっていた黒い生き物の身体が、元に戻っていった。三匹ともに恐れを抱いていることを表現するように、腰が引けた状態で後ずさりしていた。そんな黒い生き物への警戒の姿勢を解かないままに、イカルが訊いた。
「どういうことだ、ツグミ」
「うん、はっきりしない、けど・・なんか、このコたちが、そう、言っている、気がしたの」
「ただの気のせいよ。後に禍根を残すことはないわ」
 ナミはそう言いつつ再度手のひらを差し出そうとした。
「やめて、って、言ってる」
 言いつつツグミは睨んだ。ナミの冷たい視線と重なった。
「ナミ、とりあえず彼女に任せて様子を見よう」
 タカシがナミの横に立って言った。ナミはフン、と鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。
「こいつらは何て言っているんだ?」
 イカルの声が聞こえて、ツグミの身体から緊張感が抜けた。
「どう、言ったのか、は分からないけど、なんか・・待って、攻撃しないで、私たちは、敵ではない、って、言っているように、感じたの」
 なぜツグミだけがそう感じたのか。その黒い生き物たちの声の調子だろうか、その姿勢だろうか、真っ黒だから表情は分からないけど、ツグミには何か見えたのだろうか。考えても訝しさは解消されないが、ツグミには、自分との関係でも、センサーに感知されづらいという体質でも、他人と違う特質がある。これも、そんな特別な感覚の一つなのだろうか。
 ツグミは振り返りながら屈んで、先に屋根と一緒に落ちてきた一匹をかばうように、二匹並んで身構えている、黒い生き物と正対した。
「大丈夫、よ。もう、攻撃しない。あなた、たちは何?どうして、あたしたちを、ずっと見て、いたの?」
 三匹が少しの間、互いに顔を見合せていた。やがて三匹ともがすっと背筋を伸ばすと数歩前に出て、真っ黒い身体にそこだけ赤く光る目を、ツグミに向けて声を発した。
 他の三人にはその声はただ、キーキキ、キーキキと言っているようにしか聞こえなかった。しかしツグミの耳にその声が入ると、脳内にはその声の内容がポコポコと湧いてくるのだった。
「助けていただいてありがとうございます。私たちは人に害を与えるものではありません。人を助けるために存在している者です。あなた方を監視するつもりはありませんでした。ただ・・・」
 真ん中にいる三匹の中では背が高く細長い生き物が言った。すぐに向かって左側にいた背の小さな生き物が言葉を継いだ。
「俺たちは、人間に警戒されているから、あんたたちを怖がらせないように隠れて見てたんだよ」
 向かって右側にいる、さっき屋根と一緒に落ちてきた丸い体形の生き物も言葉を口にした。
「私たちには力になれる人間の存在が必要なの。それが私たちの存在する意義なの。だからそんな人間を捜してたの。そしてあなたたちと出会ったの」
「あなたたちは、人間から警戒されて、るの?それはやっぱり、黒いから?煙みたいに、なってたけど、やっぱり、あなたたちは、ケガレ、なの?」
 ツグミの単刀直入な質問に、三匹は答えを言い淀んだが、背の高い生き物が観念したように言った。
「私たちは確かにケガレです。しかし通常のケガレとは違います。言い表すのは難しいのですが、言うなれば私たちは人を活かす存在なのです。私たちがいることで人は平穏な人生の中で活力を得ることができ、向上心を抱き、そしてより充実した人生を送ることが出来るのです。私たちがいなくても人は生きていけますが、それはただ生きるだけ、他の生き物と変わりありません。私たちの存在が人を人たらしめているのです」
 何の話?分からないのは、あたしの理解力が足りないせい?ツグミは話の内容を脳裏に反芻しながらそう思った。
「何て言っているんだ?こいつらはやっぱりケガレなのか?」
 後方からイカルの声がした。
「うん、このコたちは、ケガレみたい。でも、地上に、いるような、ケガレとは違うって。人間の味方だって、言ってる」
 ツグミが顔だけ振り向かせて、イカルに笑みを向けながら言った。
「あんたバカ?そんなの信用するの?のん気なものね」
 ナミの棒読みに似た感情の入っていない声が聞こえた。ツグミが再度鋭い視線を向けた。タカシは、繰り返しいがみ合う女性二人に、手に負えない思いで目を閉じた。
「とにかくこいつらの目的がなんなのか、何の目的で俺たちの後をつけたのか訊き出してくれないか」
 イカルの声に視線を和らげながら、うん、分かった、とツグミが答えた。
「あなたたちは、あたしたちに、何をする、つもり?いったい、何を、したいの?」
 子どもに対して話すような、ツグミの柔らかい声に丸い生き物が答えた。
「私たちは、あなたたち、いいえ、あなたを守って、あなたの力になりたいの」
「あたし?なぜ、あたし?」
 次に小さな生き物が答えた。
「俺たちが力を与えられるのは、俺たちと感情を共有出来る奴だけだ。俺たちと感情を共有できる奴には俺たちの声が聞こえる。俺たちの話している内容が分かるんだ。だからあんたなんだよ」
「感情を共有?」
「そうです。けっきょく、私たちは人が生み出した感情なのです。その感情の中でも、人にやる気を起こさせるほんの少しの怒り、妬み、憂い、克服することはそれほど難しくはない程度のそういった感情の固まりなのです。だから私たちと波長が同じ感情を有する人とではないと、私たちは意思の疎通が出来ないのです。それにあなたは仲間を助けてくれた。恩に報いるためにも我々はあなたの手助けをしたいのです」
 分かったような分からないような、背の高い生き物の話を聞きながらツグミは思った。ただ、結局はこのコたちは小さなケガレってことね、と思った。
「分かったわ。なんにせよ、手伝ってくれるのは、助かるわ。よろしく、ね。それから、あなたたちのことを、これから、コガレって、呼ぶわね。小さいケガレ、だからコガレ、ね」
「勝手に種属名付けてんじゃねえよ」
「コガレなの。あたしたちコガレなの」
 小さいコガレと丸いコガレが口々に言う間に、背の高いコガレが上を向いて辺り一帯に聞こえるように一声、キーと長く強く大きく鳴いた。
 ツグミたちの周囲、全方位からカサカサという小動物が駆けるような無数の音が生じて、そのすべてが彼女たちのいる場所に向けて接近してきた。そして次々に彼女たちの周囲にその姿を現わして瞬く間に取り囲むように集まった。
「我らコガレ、百八匹、ただ今よりこの方の指揮下に入る。皆、命を懸けてこの方をお守りし、使命を達成するように、いいな!」
 すべてのコガレたちが声を上げた。その歓声のような鳴き声が周囲に響き渡り、その轟きにタカシやイカルは狼狽えた。ツグミはイカルを振り返って、嬉しそうに微笑んだ。それからナミの方に視線を移し、少し顎を上げてニヤリと笑った。ナミはただ不満そうに冷たい視線を返すばかりだった。
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