思惑の中(6)

文字数 4,015文字

 真っ白い世界に浮かんでいた。
 すると暗黒が、いたる所から噴き出して辺りを覆った。
 周囲に何も見えなくなった。
 ただの暗闇、ただの無しか感じられない。
 突然、背後で腹の底から張り上げるているといった大声が聞こえてきた。
 聞いたこともない言語だった。お世辞にも美声とは言えないだみ声だった。
 彼は背後を振り返った。
 そこにはピラミッドのような塔があった。塔の周りには大勢の人々が密集して歓声を上げていた。
 塔のてっぺんには大振りな刀を手にした黒い服を着た、見るからに屈強な大男、そして石造りの台の上に横たわる白い服を着た女性の姿。
 大男が女性の横に立ち、彼女に向けて手に持った大刀を大きく振り上げた。
「やめろ!」
 叫びながらタカシは目を覚ました。身体中汗でじっとりと湿っていた。額には粒になった汗が貼りついていた。
 見た夢の断片の一つ一つを拾い集めてつなぎ合わせる。今までの記憶にはもちろん覚えがないものばかりだった。なんだってこんな夢を見たのだろう?落ち着かない気持ちが胸の辺りで渦巻いていた。この夢に何か意味があるのだろうか、あるのならきっと良くない意味でしかない気がする。
 タカシは頭を振った。これはただの夢だ。まだ目が覚め切っていないだけだ。気にするな。
「よく寝てたわね」
 背後を振り返ると、ナミが冷たい視線を彼に浴びせながら立っていた。
「どのくらい寝ていた?あれ、イカル君はどこにいるんだ」
 周囲を見渡した。ナミ以外に人がいない。イカルたちはどこに行ったのだろう?
「かれこれ一時間くらい寝ていたわね。ついさっきあの男の子の所属する隊の隊長って人があなたに会いにきていたわよ。あなたが寝ているからイカルってコを連れてどこかに行ったわ」
「そうかそんなに寝てたんだね。ツグミってコもイカル君と一緒にどこかに行ったんだな」
 その二人にはいろいろと訊いてみたいことが山ほどあった。とにかくこの地下世界のことを知りたかった。ちゃんと理解しないと、すべてのことで後手に回って、いつまで経ってもリサのいる場所にたどり着けない、そんないやな予感が、頭をもたげて存在感を表していた。
「そのコならそこにいるわよ」
 ナミがアゴで指し示す方向に視線を向けた。ナミの後方、部屋の入り口の扉脇に、銃を胸の前に持ってツグミが立っていた。その目は床の一点に向けられて瞬きもせず、何の意思もなくただ見ている感じだった。タカシは立ち上がりツグミのいる場所に移動した。
 ツグミはまったく動く気配がなかった。彼が近づいてもまったく微動だにしない。このコはもしかして、ロボット?そう思わずにはいられないほどに、生命の存在が感じられない姿だった。エネルギー残量がなくなりました、そう言いながら動きを止めて、そのままの姿でフリーズしてしまったようにしか見えない。
「このコはどうしたんだ?ナミ、何かしたのか?」彼は振り返りながら言った。
「何もしてないわよ。さっきの男のコが部屋から出ていった途端、この有り様よ。私も何度か話し掛けてみたけど、まったく無反応だったわ」
 タカシは視線をツグミに戻して呼んでみた。
「ツグミちゃん、おい、聞こえるか?」
 無反応だった。やはり、人ではないエネルギー切れのロボットなのか、そう思いつつ、タカシはツグミの肩をつかんで、その名を呼びながら揺すってみた。
 んっ、とツグミの口から声が漏れた。ゆっくり顔を上げて、視線をタカシに向ける。そしてタカシの姿に気づいて、あっ、と声を発した。
「お・・は・よう・・ござ・いま・・・す」
 何かとても怯えたような、出来れば誰とも話したくない雰囲気を醸し出しながらツグミが言った。その様子が、尋常には思えなかったので、少し心配になってタカシは訊いた。
「なあ、どうかした?何かあったのか?」
「いえ・・・別に・・・」
 そう言いながらツグミはうつむいてしまった。もう話をつづける雰囲気ではなかった。タカシは困ってナミに視線を移した。ナミは少しだけ首を傾げていた。
「どうしたんだろう。すっかり元気がなくなっている。話を訊くどころの状態じゃないね。いったい何が起きたんだ?」
 ナミのかたわらに並び立ちながらタカシは言った。ナミはツグミに視線を向けたまま答えた。
「分からないわ。でもあの男のコが原因かもしれないわね。さっきも言ったけど彼がいなくなったとたんに、この様だから」
「そうなんだ。まあ、なんにせよ、仕方ないね」
「困ったわ。彼女が一人になったこの機会に、いろいろ訊いておきたいことがあったんだけど」
「まあ、イカル君が戻ってきたら、彼に訊いたらいいじゃないか」
「彼にじゃなくて彼女に訊きたいのよ。おそらく彼女は、この世界の崩壊を防ぐ鍵になる存在だと思うから」
 タカシは驚きの表情をしてナミからツグミに視線を移した。この見た目、何の変哲もない女の子が?と思った。しかも接してみると変わったところだらけのこの女の子が?と思わずにはいられなかった。
 そんな思考に満ちたタカシのいぶかし気な表情に応えるべくナミが言った。
「彼女は間違いなく、山崎リサの生まれ変わりよ」
 彼の表情は更にいぶかしさを増していた。
「ちょっと待ってくれ。リサの生まれ変わりって、まだリサは生きている。生まれ変わりのしようがないだろ」
 縁起でもない、と思った。きっとナミの思い違いだろう、と思った。
「もちろん、未来の話よ。このツグミってコは遠くはない未来に生を受けるわ。彼女は山崎リサと魂を共有する。分かりやすいように、生まれ変わりって言ったけど、正確には、魂を受け継ぐ者と言った方が正しいわね」
 タカシはナミと最初に会った時のことを思い出した。その時も魂のことについていろいろと話してもらった。かなり分かりやすく話してくれたんだろうけど、彼にとってはただ単に理解が難しいばかりの話だった。
「人が死ぬと魂は新しい命に入って、また命が生まれるんだったよね。将来的にリサが死ぬとリサの魂が彼女の命に入って彼女が生まれるってこと?」
「魂の核が新しい命の素、命が生まれるための条件である、時と場所と親なんかの、命を生むための条件が一つにまとまった命の素の中に入って、魂となって、命が誕生するの。彼女は山崎リサが死んで、何度か新しい命になってから彼女として誕生したのよ。確か六度目の誕生だったと思うわ」
 なんか図式でもあればいいんだけど、彼はナミの話を聴きながら頭の中でうまく内容を組合わせようと努力した。
「でもなんで未来のことが、まだ起きてもいないことが分かるんだ?」
 タカシはふと疑問に思って訊いてみた。
「人の自我っていうのは、魂の核から生まれるって前、言ったわよね。生まれる時に、その魂の記憶と予感を多少なりとも素材とするの。それに現実世界で経験したことや知覚したことが加味されて自我は成長していくの。ただベースとして魂の記憶や予感はその自我ごとの色を決めるくらいの影響力があるわ。この世界は山崎リサの魂の予感によって創造されたものね。魂が受け継がれる生命とその生命が存在する世界に対する予感が、この自我のベースになっているのよ」
「ただの予感という割にはかなり細部までリアルに想像されているね」
「あなた、輪廻って知っている?」
「聞いたことはあるけど・・・」
「輪廻っていうのは、魂が輪の形に回転するように無限に生死を繰り返すことを言うの。個々の魂にとって、それは永遠に続くこと、始まりもなければ終わりもない。始まりも終わりもなく回転しているかのように無限に続くの。だから未来のことも過去のことも関係ない。すべては今につながっているのだから。魂に関することでは記憶も予感もほぼ同じこと。未来のことも過去の出来事について思い浮かべるように予想することができるのよ。もちろんすべてがそっくりそのままってわけではないけれど、大筋では間違いないはずよ」
 そうか、と言いつつタカシは、結局、このツグミってコは、ナミの遠い未来の生まれ変わりってことなんだな、と納得した。そう思うと、見た目あまり似ていない二人の笑顔がまるで瓜二つのように見えたことも納得できた。
 タカシはツグミの姿を眺めた。声の届く距離ではあったが、こちらの話にはまったく興味がないようで、微塵も聞いている様子がなかった。その姿を眺めたままでタカシは話を続けた。
「それで、彼女のどんなところが、この自我世界の崩壊を防ぐ鍵になるんだい?」
「それはやっぱり彼女の存在自体ね。この世界を生み出した存在と魂を同じくしているってことは、潜在的にはこの世界をどのようにでも変化させる能力を持っているってことだから」
「そうなのか?」
「ただそれを彼女が気づくかどうか。その能力がどんなものか私にも分からない。たとえ分かっても言葉で伝えて、その能力を発揮させられるかどうかも分からない。おそらく普段の生活では考えもしなかったような能力が秘められているはず。何かきっかけになるようなことがあれば、あるいは・・・」 
「君はそのきっかけがどんなものか、彼女から訊き出そうとしていたんだね」
「そう。何も訊き出せはしなかったけどね。ただおそらくイカルってコが、彼女にとって何よりかけがえのない存在だってことは分かった。何かのきっかけになるとしたら彼の存在かもしれないわ」
 イカルの名前を口に出したとたん、ツグミの身体がピクリと動いた。そのツグミの耳に、微かに外の廊下から人の足音が聞こえた。
 ツグミはパッと顔を明るくした。イカルの足音だと、すぐに察していた。
 規則正しく刻まれる足音。あまり足を上げて歩かないせいか他と比べてあまり大きく響かない足音。そんな微妙な感覚を、ツグミはすぐに判別していた。
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