思惑の中(4)

文字数 3,153文字

 突然、音もなく扉が開いた。兵士が一人立っていた。その兵士は部屋の中には入らずにその場で言った。
「モズ隊長がお越しになられました」
 そしてかたわらに移動して、後方から入室してくる来訪者に道を開けた。
 イカルとツグミは他の班員から、事前に隊長の来訪を聞いていたが、それでもあわてて敬礼をした。モズは、ご苦労、と言いながら答礼した。
 モズは周囲を見渡した。イカルとツグミ以外にはすらりと背の高い女性が一人、ソファーの横に立っている姿があるだけだった。この女性は選ばれし方様とともにケガレと戦っていた方だな、モズはそう思いながら、ナミと目が合うと軽く会釈をした。ナミはゆっくりと一度瞬きをして答えた。選ばれし方の姿は見当たらない。奥の部屋にでもいるのだろうか。とりあえずこの女性から話を訊いてみよう。
「私は、この都市の治安部隊々長のモズと申す者。この度はこの国に侵入してきたケガレから、我が兵士たちをお守りいただいとのこと、心より感謝申し上げる」
「いえ、私は別に」
「あなた方の獅子奮迅の闘いぶりがなければ我が兵士たちは確実に全滅していたでしょう。ぜひこれからも我々にお力をお貸しいただきたい」
「そんなことより私たちは山崎リサ、この世界ではお方様と呼ばれている存在に会いにきたの。私たちの希望が叶えられるように手配してくれないかしら」
「分かりました。我々にでき得る限りのことをいたしましょう。しかしその前になぜお方様にお会いになりたいのか、おうかがいしてもよろしいですかな?」
「私の契約者は、この世界の崩壊を防ぎにきたの。放っておけばこの世界は時を待たずして崩壊するわ。それを防ぐために、私の契約者を山崎リサに会わせることが必要なの」
「この世界が崩壊するとは穏やかではありませんな。なぜ崩壊してしまうのか、おうかがいしてもよろしいですかな」
「それは山崎リサが定めによって死んでしまうからよ。この世界の創造主たる山崎リサの死亡によって、この世界も消滅してしまうわ。この世界は山崎リサ、お方様によってなりたっているのでしょう?だからその死亡とともに消滅してしまうのよ」
 あまりにも話が突拍子もない展開になってきた。決断力も旺盛に持ち合わせ、人を見る目も持ち合わせていると自負しているモズであっても、目の前の女性と、その話を、そのまま信用していいのか判断に迷った。
「とりあえず立ち話もなんですので、座りませんか」
 そう言いながらソファーを回り込むとそこに、それまではソファーの背に隠れていたタカシの姿があった。横たわって安心しきった顔をして寝入っている。モズはイカルの顔をちらりと見た。
「選ばれし方様です」
 そうか、この方が、そうつぶやきながらモズは腰を屈めてタカシの顔に自分の顔を近づけた。じっと観察した。
 極々普通の青年にしか見えなかった。この男の何をお方様は選ばれたのか、それを知りたい気が無性にしたが、問題はそこではなく、本当にこの男が選ばれし方様なのか、選ばれし方様ならこの世界のためにどう利用するのが良いのか、それを見極める必要がある。
「選ばれし方様がお休みのようですので、邪魔をしてはマズイですな。出直すといたしましょう。またゆっくりとお話しできますことを楽しみにしていますよ」
 モズはナミに向かって軽く会釈をした。ナミはまた一度、ゆっくりと瞬きをした。
 そのままモズは部屋を出るべく扉に向かった。その途中、イカルの前を通りすぎる時に、イカル、下まで見送ってくれないかな、と声を掛けた。イカルは、ハッ、と答えて、そのままモズの後ろに従った。ツグミも当然のようにイカルの後ろについて扉を出ようとした。
「ツグミ、お前はここにいろ。ちゃんとお二人に失礼のないように警護するんだぞ」
 ツグミは、えっ、という顔つきをして声も出さずに首を横に振った。
 ダメだ、ここにいろ、小声だが断固とした口調でそう言うとイカルは、すでに廊下に出ていたモズの後を追って部屋を出ていった。
 扉が音もなく閉まった。ツグミは口を尖らせて不満たらしい顔つきをしていたが、やがて扉の横の壁に立ったまま背中をもたせ掛けて、表情を消し、銃を持った両手を力なく垂らし、床の一点をじっと見つめたまま動かなくなった。

 エスカレーター乗降場所の脇にいる、二人の班員が、敬礼をして自らの所属する隊と班、それぞれの指揮官を迎えた。
 イカルは班員を、貴賓室入り口に二名、貴賓室のある階のエレベーターとエスカレーターの乗降場所に二名ずつ、それと一階に二名配置していた。また建物外部はイスカ班によって警備させた。ここの警備も人数が限られているので万全とは思えなかったが、状況が状況でもあり、選ばれし方に対する明確な危険も察知してはいなかったので、現状この配置で万全を期するしかないし、充分事足りると思われた。
「この周辺にいる人たちに、このビルに選ばれし方様がいることが広まっているようだね」
 エスカレーターに乗ると同時にモズが口を開いた。モズは極力エレベーターに乗らない。エレベーターだけではなく狭い場所を極端に嫌う。それは兵士なら誰もが知っていることだった。
「はっ、申し訳ございません。私の考えが至らなかったために、そのような事態になってしまいました。もっと人目を避けて移動するべきでした」
「いや、この周辺に人が密集していたのだから、それも難しいだろう。それに周囲に選ばれし方様の存在を知らしめたのは、うちのバカ息子らしいじゃないか。逆にこっちが謝らないといかん」
「いえ、そんな」
「とにかく何があるか分からん。警戒を怠らないように」
 二人の前後には話が聞こえない程度の距離をたもって、二人ずつ本部の職員がモズに随行していた。彼らも隊服を着ていたし、銃も携行していたので、見た目はイカルたちと違いはなかったが、主に連絡や物事の調整を受け持つ事務担当者だった。その先行する本部職員の背中を眺めながらイカルが訊いた。
「現時点であのお二方の身に及ぶ危険の可能性はあるのでしょうか。住民も選ばれし方様を歓迎こそすれ、排除しようとする者はいないでしょう。そうする理由が見当たりません。それに首脳部の皆さんもこれから貴賓待遇でお迎えするとのこと。都市全体をあげてお迎えしようとしているこの状況下で、何か気をつけることがあれば教えていただきたく存じます」
 モズも本部職員の背中を見つめながら答えた。
「人によっては、ひとの好むものを嫌う者、人が喜ぶものに憎悪を向ける者、そういった性質や状況を持った者がいるのだよ。全員が全員、同じ方向には決して向かない、表面的には向いていても心の中では反対を向いている、人間とはそういう生き物なのだ。そういう反感は表に出ずに人目につかないところで潜在的に溜まり、次第に育ち、いつか大きく増幅して表出してくる。それは、いつ、どこで表出しても不思議ではない。だから我々は、常に警戒を解くべきではない」
「分かりました。警戒を怠らないようにします」
 イカルがそう答えると二人はそのまま黙りこんだ。間もなく一階に到着した。
 アビとひょろりと背の高い班員が、敬礼姿勢で彼らを迎えた。
「隊長、クマゲラ先生にお会いになられましたか?よろしければお呼びしてまいりますが」
 モズはイカルの言葉に微笑みを向けながら答えた。
「いや、あの不肖な息子が人の役に立っているのだ。邪魔をするべきではないだろう。このまま私は本部に戻る。君も引き続き任務に当たりたまえ」
「了解しました」
 イカルは敬礼姿勢のまま、モズがビルを出る姿を見送った。モズはビル外に待機していた兵士たちと去っていった。
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