思惑の中(11)

文字数 2,862文字

「ちょっと待ってください」
 傍聴席にいたイカルは、思わず立ち上がりながら声を上げた。ツグミもあわてて立ち上がった。その場にいた全員が、イカルとツグミに視線を向けた。
「弁明する充分な余地も与えずに、こんなにも早々に結審するなんて、拙速すぎます」
 その言葉尻にかぶせるように、二の賢人の声が屋内に響いた。
「勝手な発言は許されない。それ以上、発言するなら退廷を命じる」
 一の賢人が、二の賢人の耳に口を近づけて、小声で話し掛けた。他の首脳部の面々も、互いに顔を見合せて小声で話し合っていた。
「君は認識番号0502150、通称イカル君だったね」
 賢人たちの座る法壇の、上段列の右側に陣取っている、一の賢人が口を開いた。
 イカルは、首脳部の賢人たちが自分を覚えているらしいことに驚いた、がそれに影響されてはいけないと、気を取り直してつづけた。
「はい。私は治安部隊モズ分隊所属イカルです。その人は物語に出てくる選ばれし方様で間違いありません。速やかにお方様の所にお連れするべきだと上申いたします」
 まだ、この世界に来て間もなく、いきなり混乱に巻き込まれて、訳も分からないままに裁かれようとしているタカシにとっては、イカルの言葉は渡りに船だった。たとえ分が悪くても何とか頑張ってもらいたいと思った。
「君は、誰の許しを得て発言しているのかね」
 四の賢人の冷たい視線と同様か、それ以上に冷たい声が部屋中に鈍く重く響いた。
「なぜこの審議は司法部ではなく、いきなり首脳部の方々の手に委ねられているのですか?弁護する者もおらず、これでは選ばれし方様が著しく不利ではないですか。審議の在り方を再考していただきたいと愚考いたします」
 事ここに至っては、もう後戻りすることはできない。イカルは覚悟を決めていた。
「君は、この世界の司法に関わる条文を呼んだことがあるのか?この世界の存続に関わる事案においては、司法部を通さずに即、首脳部の決裁に委ねる旨、記載されている。この事案は大いにこの世界の存続に影響を与えかねない事案なので、我々首脳部に決裁権が委任されている」
 そんな条文など、むろんイカルは知らなかった。とはいえそんな条文があったのなら仕方がない、とは思えなかった。今回の審議はあまりに乱暴な気がした。この世界にとって著しく大切な存在だろう選ばれし方様を、こんな短時間の審議だけで幽閉してしまうことを決めるなんて。
「しかし、物語では、その方は・・・」
 イカルは何とかして現状を打開したいと思った。その思いが乗って、自然と声が熱を帯び出した。しかしその熱を、四の賢人の冷たい声が遮った。
「物語だって?その物語を信用に足るものだと誰が、どうやって証明するのだ?」
「それは・・・」
「物語は物語でしかない。その内容に何ら確証を見出せないのなら、被告の身分を表す根拠とは、なり得ないではないか」
「しかし、その物語は、お方様が我々にお与えくださったものです。そしてみんなに信じられて、大切な物語として今に伝えられています。それだけで充分な根拠になるのでは」
「はなはだ曖昧だ。その物語をお方様がお与えくださったなどという公式な記録は存在しない。その内容が大切なものだと君は誰から聞いた?お方様がそうおっしゃったのか?」
「いえ、それは・・・」
「いいか、君のように下賤な者は、とかく物語や言い伝えなんてものを信じたがるが、そんなものを信じていては、世界は成り立っていかないのだよ」
 それまでただ静かに話を聞いていたツグミは、四の賢人のその言葉にピクリと反応した。イカルを下賤な者だって?誰が見ても分かりやすく、あからさまに四の賢人を鋭く睨んでいた。イカルはどうにか反論しようと思考を総動員していたが、継ぐべき言葉が浮かび上がってこずに言い淀んでいた。
「そもそも、被告人が選ばれし方であるかどうかもはっきりしない。君がその男を選ばれし方であると何を持って言うのか」
「それは、その方と話してみれば分かります。お方様を心の底から愛しておられる事が分かります。それに選ばれし方様だと言われる似顔絵にもそっくりです」
 四の賢人が横にいた八の賢人と顔を見合せて、高らかに笑いはじめた。
「君、愛や似顔絵で特定するには、あまりにも事が重大だと思わないのかね」
 八の賢人の笑いの交じった声が聞こえた。すかさずイカルが応じた。
「そうです、重大です。ですからより一層、慎重に審議するべきではないでしょうか」
 続けて四の賢人が応じた。
「我々はとても忙しいんだよ。その限られた時間の中で、慎重に審議をして、結審したんだ。我々の意思がこの地下都市の意思である。その意思に従えないというのなら君は反逆者になるぞ」
「お忙しいのは分かりますが、この都市にとって、お方様にとって、きっと、これは何より大事なことなんです。ぜひ再度、審議を行ってくださいますようお願いします」
 イカルは頭を下げた。八の賢人が四の賢人に向かってボソボソと、しかしそこにいるみんなに聞こえる程度の声で言った。
「このコはまだ分からないみたいですね。四の賢人様に従わぬとは、なんて身の程知らず。やはり地底生まれは脳みそが足りないのかもしれませんね」
 あっ、マズイ、そう思ってイカルは瞬時に横を向いた。案の定、ツグミが憤怒の表情を湛えて走り出そうとしていた。イカルはとっさに手を伸ばしてツグミのえり首をつかんだ。
「はっ、離して。イカル、離して」
「やめろ、落ち着け」
「あいつを、ぶん殴る!イカルを、バカにする、なんて、許せない。二度と、しゃべれないように、してやる」
 ツグミの悪態が周囲に響く中、両側の壁際にいた近衛委員が手に持ったHKIー500を構えながらツグミの方へ駆け寄ってきた。とっさにイカルは、黙ってろ、とツグミをたしなめつつ、力づくで椅子の上に抑えつけてから、近衛委員たちとツグミの間に、両手を上げて立ちふさがった。
「抵抗はしません。武器も持っていません。すぐにこの場から立ち去ります」
 ツグミの、イカル!と呼ぶ声を無視しながら言った。
 四の賢人は、ツグミの悪態に恐れと焦りの入り混じった表情を湛えている八の賢人の顔を眺めてからニヤリと笑いつつ言った。
「君たちは兵士としての分をわきまえたまえ。君たちは我々からの指令に従って動くことだけに集中していればいい。いらぬことを考えるのは時間の無駄になるだけでなく、この世界にとって害悪にさえなるのだから。君たちの処分は追って通達する」
 イカルは静かに目を閉じた。自分ではどうしようもできない現状を、正視しがたくてただ目を閉じた。
 ツグミは歯を食いしばった。口惜しさが言葉になって漏れ出さないように、強く、強く食いしばった。そして今、聞いた言葉を絶対に忘れないと心に誓った。
 他の賢人たちが二の賢人に向けて視線を送った。二の賢人は心得て、高らかに宣言した。
「これをもって閉廷とする」
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