秘匿の中(12)

文字数 4,012文字

 イカルは撃ち終わって、エネルギーを充填しつつ物陰に身を隠し、充填が終わると再び姿を現わし、こちらに向かってくる委員たちの足元に発砲した。
 委員たちの通信を傍受していると、本隊の進行は止まり、こちらに向けて別動隊を差し向けるようだった。その別動隊の人数までは分からなかったが、三~五人ほどかと予想した。
 情報委員のことだからあまり目につくようには進んでこないはず。今のうちに逃げた方がいい。イカルは充填の終わったHKIー500を再度、委員側に向けて発砲すると、すぐに全速力で駆け出した。
 ツグミが逃げることができたのか心配だった。しかし、それを調べる手立てはない。カラカラから受け取った通信器は受信専用でこちらからは発信できないし、もとからツグミの通信器は、位置情報を悟らせないために電源を切るように、彼が指示していた。
 ここはいったんE地区に戻り、選ばれし方様と合流して、安全な場所までお連れした後、ツグミを捜すしかない。ツグミがすでにE地区に戻っていればいいんだが、そう思いつつイカルは隠し通路入り口のある高台広場に向けて走っていった。
 高台に通ずる上り坂を走る間、片側は岩の壁に沿っていたが反対側には視界をさえぎるものはなく、彼の姿は敵の視線にさらされることになる。それでも彼は足を止めずに走った。案の定、どこからかHKI-500のブウウンという発砲音が鳴り響き、彼に向かってエネルギーの塊が白い光の線を描きながら飛んできた。
 最初のエネルギー弾は彼のすぐ後ろの岩壁に着弾した。次は彼の足元、高台に通ずる道の下の壁で破裂した。その弾の軌道で確実に委員たちが自分を殺しに掛かっていることが分かる。
 イカルはただ一心不乱に駆けた。もう怖れを抱く余裕すらなかった。エネルギー弾は計四発飛来してきた。そのどれもが彼を的確に狙っていた。しかし発砲地点がやや離れていたこととイカルの走る速度によってかろうじて身体に傷を負うことにはならなかった。
 イカルはエネルギー弾の発砲数により、敵の人数を把握した。へたに大人数でない分、追手の追尾速度は速いだろう。そう思いつつ、委員たちがエネルギーを充填している間に、高台広場に到着した。そして通路下にある家屋の壁に向かって発砲した。壁が破裂し、少しだけ通路をふさぐ形になった。
 追ってきた委員たちは上り坂の入り口に当たる場所に瓦礫が散乱していたので、それを乗り越え、飛び越えてから坂を上がりはじめた。そしてすぐに高台広場に到着した。そこには、すでに誰の姿も見えなかった。

「彼らの身体は大ミミズをくだいてペースト状にしたものに各種アミノ酸を混ぜ合わせ、部位ごとに制作し、後につなぎ合わせて成形して作られています。当初はアミノ酸素材の組み合わせやクローン技術だけで生み出す計画だったのですが、それではあまりに時間が掛かり、まともな人間の創出は難しいことが分かったのです。彼らの生成には最終的に発光石のエネルギーを照射しなければなりません。これがうまくいかないと、知能がうまく働かなかったり、身体の成長が止まってしまうのです。とにかく私たちは適合する素材を捜しました。それこそ周囲にあるもの、思いつくもの、すべてでためしてみました。そしてたまたま食材として研究開発されていた大ミミズのペーストをためしてみたところ、とても発光石のエネルギーとの相性が良かったのです。どうやら大ミミズは地中に潜むケガレを捕食するようなのです。ケガレは大ミミズたちの体内に蓄積されているのです。そして同じお方様の感情である発光石からのエネルギーの照射によって、うまくお互いが混ざり合い、一つの肉体として完成するようなのです」
 先ほどカラカラが言っていた、大ミミズがイカルたちの身体の素材であり、糧であるという言葉の意味をタカシが訊いたことへの返答だった。
 彼らはカラカラの私室に戻っていた。タカシは机を挟んでカラカラと正対して座っていた。
 彼は話を聴き終わって、この話はイカルたちには黙っておこう、と思った。彼らに親はいないようだ。あえて言えばリサと大ミミズが親になるのだろうか。リサはとにかく大ミミズは彼らの中でも絶対認めたくないコもいるだろう。人間誰しも望んでこの世に生まれて来たわけではない。しかしこんな生み出され方をした彼らは、自分の生命の意味について考え込むかもしれない。ただこの国を維持するため、人口減少の問題を解決させるために、かなり強引に生み出されているのだ。そんなことを知れば少なからず複雑な心境になってしまうだろう。知らない方がいいこともある。特に自分の身体がペースト状の大ミミズからできているなんてことは。
「それより山崎リサのいる塔のことを教えてくれないかしら。どのような構造になっていてどうすれば一番簡単に山崎リサのいる場所にたどり着けるのかしら」タカシの横でナミは立ったままカラカラを見下ろしていた。
「そうじゃな。白い塔は通常、外部は治安部隊のモズ分隊が護衛を受け持っている。内部は近衛委員の管轄になっている。実際、ワシも内部に入ったことは数えるくらいで詳しくはないし、昔と今とではかなり違っているようなのだ」
「どう違うの?」
「地上にいる頃は、まだお方様の御身の近くまで行くことができた。しかし今は一切お方様の御前に出ることはできぬらしい」
「軟禁状態ってことですか?」
「いえ、軟禁状態というより、お方様の意思で引きこもっておられる状態なのです。それでもこの地下世界に来たばかりの頃は、発光石を通じてお方様と意思の疎通はできておりました。ですが現在はブレーンの邪魔が入って、一切お方様と連絡を取ることはできません」
 それは、つまり、リサはかなり前からずっとひとりでいるってことか。話し相手もおらず、頼る人もいない中で、じっとひとりで自分の殻の中に閉じこもっていたのか。
「あなたは、そんなリサを今までそのままにしてきたのですね。あなたはリサの側近中の側近じゃないんですか。それなのに」
 思わず責める口調になっていた。そんなことを言ってもなんの生産性もないことは分かっていたが、一人孤独に耐え忍んでいるリサの姿を想像すると、憐憫の情が、喉を通る際にとがめる口調になって口から漏れ出していた。
「もちろんこんな状況になった責めは私が負うべきです。しかし閉じこもってしまわれたのはお方様のご意思なのです。それを変えられるのは、おそらく選ばれし方様ただお一人なのです。すべてをあなた様に押し付けるようで誠に申し訳ございません。ですが、どうかお方様をお救いください」
 そんなことは言われなくても分かっている。そのためだけにこの世界に来ているのだ。しかしそれがなかなか思い通りにいかない。だから焦っていた。焦りが周囲に対して気遣う気持ちをむしばんでいた。
「すみません。あなたを責めるつもりはなかったのですが、焦りからつい口調がきつくなってしまいました。申し訳ありません」
「いいのです。どう弁明しようが、責めは私にあります。それを分かった上で、お願いしているのです。そのためにこの老体の命が役に立つのなら、何なりとお使いください」
 誰もがそれぞれの思いを胸に生きている。そして多くの人が覚悟を持って生きている。人によっては、何かを大切にして、そのために必要なら命さえ捨てようとする覚悟を持っている。タカシは今更ながら、リサに対する自分の覚悟を自分自身に確認した。
「とりあえず、リサのもとにどうにかして行きましょう。そしてそのブレーンとか言うコンピューターが邪魔をするなら排除して、リサと連絡を取ってこの世界の状況を変えましょう」
「そうですな。そのためにどうすればいいのか。まずはイカル君が帰ってきてから検討しましょう・・・」
 それまで、ほとんど身じろぎ一つしなかったナミが急に後ろを振り返った。
「どうかしたのか?」
 ナミは外を向いている。そして静かに口を開いた。
「誰か来た」
「イカル君が戻ってきたんじゃないか」
「いや、気配が違う。人ではないかも。とりあえず外の様子を見てくるわ」
 そう言いながらナミは外に通ずる扉に向かっていった。待ちなさい、とカラカラがとどめた。私が先に行く、そう言いながら見た目より機敏な動きでカラカラがナミの前に立ち、部屋を出ていった。ナミとイカルがその後に続いた。
 カラカラが建物から外に出て立ち止まった。タカシとナミもその後ろに並び立った。その瞬間、何かが破裂した。そしてカラカラの身体がタカシたちの方に向かって弾き飛ばされた。
 タカシはとっさにカラカラの身体を受け止めた。ナミはとっさに空中に飛び上がった。この地区全体の天井が低いので高くは飛べないが、周囲を見渡す程度はできる。しかし見渡すまでもなく家の敷地の端にHKIー500を構えた兵士の姿があった。今の破裂がその銃から発せられただろうことは明白だった。
 その兵士からは人間の気配が感じられない。その気配は、地上連絡通路入り口ホールで、ケガレに乗っ取られていた人間の気配とよく似ていた。きっと、この男も乗っ取られている。
 タカシはカラカラの腹部右側が大きく損傷していることを視認した。とりあえず避難しなければ、そう思って彼は、カラカラの脇を抱えて引きずりながら家の中に避難した。
 ナミは左手を視線の先の兵士に向けながら、飛んで近づいていった。兵士の腕があらぬ方向に曲がった。それでもその兵士はエネルギー充填が終わったとたん、銃の引き金を引いた。放たれたエネルギー弾は兵士の狙っている方向とは違い、その前にある水槽に一直線に向かっていった。水槽の外壁が破裂した。そしてその中から大ミミズがあふれるように、次々と、折り重なるように外にはい出してきた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み