秘匿の中(10)

文字数 3,617文字

 本部一階の事務所で捜索班の報告を聞き終えたモズは、長く息を吐いた。
 捜索班々長のノスリからは、B4区画を重点的に捜索しているがいまだに発見できていない旨、中間報告が入っていた。引き続き地下通路や一軒ずつ家屋の中も捜索する旨の連絡も入っていた。
 通信機器から発せられる位置情報により、イカル班副官であるツグミ隊員がB地区に移動したこと、そしてB5区画でイカルや選ばれし方やその連れの女性と合流したことを監視カメラの映像から確認した。しかしその後の足跡が不明だった。ツグミの通信機器もイカルたちと合流したとたん、おそらく電源が切られたのだろう、位置情報を発信しなくなっていた。また、彼らが合流した地点周辺の監視カメラからもそれ以降、その姿を見出せなくなっていた。
 やはり、彼らはE地区にいるのだろうか。E地区にいるとするとドクターカラカラの所にいるのだろう。しかしそれからどうする?さすがにドクターカラカラもかくまい切れまい。すると逃げ場がない彼らは捕縛されるか、射殺されるか、ともかくこちらが先に見つけるしかないだろう。さすがのモズも隠し通路の存在を知らなかった。
 このままB地区を捜索しても情報委員がすでに展開している現状では、彼らより先に選ばれし方以下を発見することは至難の業だ。例え先に見つけたとしても、知られず、見とがめられずに連行することは難しいだろう。それならE地区に潜伏している可能性に賭けてみようと思った。
 モズは、速やかに通信担当職員に声を掛け、捜索班にE地区へ移動して捜索を行うように指示を伝えさせようとした。その指令を発する間際、この治安本部の建物の正面扉が急に開いて、白衣を着た小男と三十人程度の委員たちがなだれ込んできた。委員たちの手にはHKI―500が握られていた。
 現在、本部には治安部隊幹部や職員の他にはトビ班の班員が揃って待機しているだけだった。
 トビたちはB1区画の警備に駆り出されていたが、交代要員が来たので一旦本部に戻り次の指令に備えていた。彼らは待機室にいたが、外が騒がしくなったので、部屋を出て事務所の中をうかがってみた。そこには大勢の委員たち。そして八の賢人の姿が見えた。
「治安部隊々長、モズ。首脳部通達である。そなたを反逆者幇助の罪により拘束、連行する。抵抗するな」
 その場にいた治安部隊に関係するすべての人が、はっと息を呑んだ。まさか、そんなバカなことが。
「おい、みんな武器を持て」
 トビはごく小さな声で班員に指示した。
「バカなことはやめろよ。首脳部に歯向かうな」
 気づけばレンカクがすぐ横に並び立っていた。
「しかし、隊長が」
「いいから、ここは俺に任せろ」
 レンカクの断固とした口調にトビは声を呑んだ。そんな二人のもとにモズの声が聞こえてきた。
「身に覚えのないことだ。今は、非常事態宣言が発令されている。そんな時に、こんな冗談を言うのはあまりに非常識だな」
 モズは少しも動じていないように見えた。その様子が八の賢人にはあまりに不遜に見えた。部隊長ごときがえらそうに。八の賢人の首脳部としての矜持が口から漏れ出してきた。
「冗談もなにも、アントの幹部連中から君の名前が幾度も出てくるのだ。これを見すごすほど我々もお人好しではないのでな。君も今の立場を考えてもう少しうまく立ち回ればいいものを。脳みそが足りない人間とはまことに滑稽なものだ」
 八の賢人の言葉をそのまま信用することはできなかった。
 モズは今まで、アントの活動に表立って協力したこともなければ、それを表明したこともない。ただ陰ながら、あくまで勝手に便宜を図ってやったに過ぎない。アントの幹部からすれば、治安部隊の奴らは脳みそまで筋肉でできているただのバカだから、こちらに幸運が転がりこんできた。もしくは、もしかしたら治安部隊の誰かが自分たちの活動に理解を示してくれているのかもしれない、くらいは思ったかもしれないが、まさか部隊長自ら協力してくれているとは思っていなかったに違いなかった。実情を知っているのはクマゲラとドクターカラカラくらいのはずだった。
 しかし現状それを言っても仕方がなかった。この都市で首脳部の言葉は、首脳部の言葉というただそれだけで正義だった。それをくつがえすためには、あまりにも単純で、誰にとっても極々分かりやすい証拠が必要だった。しかしそんな証拠がもしあったとしても、それは必ず事前に揉み消されてしまう。告発される頃にはもうこの地下世界のどこにも存在が消えてしまっているのだ。
「昨日、ケガレがこの国に来たことは知っているな。いつまたやって来るか分からんぞ。その時、お前たちで対応できるのか?」
「この治安部隊本部は我々が制圧する。隊員は全員、我が旗下に編入する。少し引き継ぎをしたいのだが、協力してくれるかな?」
 八の賢人はニヤリと笑っていた。その様子を冷淡に見つめながらモズは嫌な予感を抱いていた。平時なら誰が指揮をとっても良いのだろうが、昨日、選ばれし方がやって来てからこの世界の何かが変化した。言うなれば進むべき方向性が変化したような気がしていた。それは施政者の意志や人民の意思とも違う、この世界の方向性。この都市自体が今までの平穏ではなく変化を志向する方へ向いてしまったような気をおぼろげながらに感じていた。そんな時に・・・
「分かった。協力する。抵抗はしない」
 モズの声が静かに響く中、委員たちはこの建物全体を制圧するために散らばって各階、各部屋を確認していった。待機室に委員たちが近づいてくる。
 みんな銃を置いてついてこい、と班員に言ってからレンカクは室外に出た。委員たちは急に出てきた治安部隊員の姿に驚いて、揃って銃口を向けた。
 安心してください、俺たちは抵抗はしない。みなさんの味方です、と委員たちに言ってから、班員を引き連れて八の賢人のもとまで歩を進めた。
 レンカクの頭の中は、今、新しい司令官に存在を認めてもらうことでいっぱいだった。今までの幹部連中には正しく評価されていない。なら今度はしっかりと認めてもらう。とりあえず辺境の地区に回されてはかなわない。新しい司令官の近くにしがみついていなければ・・・
 レンカクは八の賢人に正対して、敬礼した。トビを含め他の班員もそれにならい敬礼した。
「司令官殿。我々、トビ班十名に指令を賜りたく存じます。僭越ながら我々は日頃、塔周辺の警備に当たっております。委員の皆様よりこの辺りは詳しいことと存じます。どうかこの地区にとどめてご活用くださいますようご進言申し上げます」
 八の賢人は、隊員たちが突然現れて驚いたが、唐突に、司令官殿、と言われて内心ちょっと喜んだ。彼は世間的には賢人の一人として敬われていたが、所属する首脳部の中では最下位の立場でしかない。そしてもとから人一倍自尊心が強めなたちだった。
 だから八の賢人はあっさりとレンカクの申し出を受け入れた。これから警備の配置は決めるつもりだったが、このA地区に治安部隊員を残すつもりはなかった。この本部に事務的に必要な人数だけ残すつもりだった。が、まあ一班くらい残してもたった十人だし、支障はないだろう、そう思った。
「いいだろう、君たちには塔内部入り口の警備を他の委員たちと一緒に担当してもらうよ。期待している」
「は、ありがたき幸せでございます」
 そうしてトビ班の班員たちは本部を後にして、白い塔に向かった。その内部への入り口には数人、委員の姿があったが、まだ本格的に配置されている訳ではないようだった。あまり警戒心もないような姿で立っていた。
「これからどうするつもりだ」
 トビは最近レンカクの考えていることがおぼろげながらも分かるようになってきていたが、念のために訊いた。
「これで他の班を一歩出し抜くことができた。今、ウトウ分隊長が殉職し、モズ隊長は拘束された。他の多くの幹部も、モズ隊長と連座して拘留されるだろう。おそらく新しい隊長はどこかの委員会から天下って来るかと思うが、幹部は班長の中から選ばれるかもしれない。今まではイカル、ノスリ、そしてお前の順に評価が高かった。しかしイカルはツグミと一緒に反逆者に成り下がって、委員に追われている。またノスリも班員を死なせて自分だけ生き残っている。その責はいずれ負わなくてはならないだろう。するとお前が一番高位に座ることができる。もしかしたら分隊長にもなれるかもしれない。ここで、なるべくお前に高位に上ってもらって俺たちを引き上げてもらわないといけないからな。このまま何もなければ俺たちは安泰だろう。とりあえず顔だけでも売っておかないと」
 黙ってレンカクの言葉を聞きながら、トビは、何もなければ・・・と反芻した。
 何もなければって、これ以上、何が起きるって言うんだ?
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