第6話 今までのツケがまわってきたかのように

文字数 1,576文字

 商店街の本屋の中で、ばったりとおれは不良の月天と出くわした。

「よぉ、青島」

 おれと月天は高校一年で、同じクラス。

 不良に構っていられるか、と思い、逃げるよう回れ右をしたが、そこで肩を掴まれてしまった。

「待てよ、青島」
「いや、待たねーよ」
「そう言うなって」


 よくわからないうちにおれは、本屋の前に設置してある自販機まで移動させられていた。
 引きずり込まれた、のである。


「まあ、飲めよ」

 月天が金を入れて出てきたコーラ。それを差し出される。

「いらねーよ」
「おれの出したコーラが飲めねーって……」
「はいはい。飲むよ」


 仕方なしにコーラをもらい、立ちながら飲む。
 月天の奴は紅茶を飲んでいる。ストレートティーを選んだようだ。


「なぁ。文芸部のホープの青島さんよ」
「嫌な言い方すんな。ホープじゃねーし」
「おれは思ったんだ。孤独とか寂しさとか持ち出す奴っているだろ。やれ『孤独と向き合え』だの『孤独を愛せ』だの」


「ああ、いるな。作家でそういうの好きな奴は多い。孤独の当事者なんだろな」
「あれさ、『死と向き合え』ってことを言いたいんだと思うんだ」

「そういうことになること多いな、孤独、言い換えれば一人っきりってこと。実際そうなのか、心が孤独なのかは知らないが。一人だけでこの世からいなくなること、考えるだろうし、死と向き合うのは避けられないだろうな」

「一人っきりで部屋を真っ暗にして、ぼーとしてると、『おれもいつか死ぬんだなー』と、おれですら、最近、思う」

「誰でも考えるだろうよ」

「だがな、中学の頃、煙草をおれは吸ってたんだが」
「さすが不良。『不良』ってのは伏線だったな」
「なんの話だ?」
「いや、メタレベルでの話。続けてくれ」


「で、煙草なんて吸っていたら死へ直行なんだが、そういう時に限って、死を意識しないものなんだ。そんで、高校に入って煙草辞めて」
「よく入れたな、高校……」
「うるせぇ」
「で?」


「なにかに逃避してるわけじゃなく、ただ真っ暗な部屋でぼーっとしてる。すると、今までのツケがまわってきたかのように『死』がまとわりついてくる。このまま、死ぬんじゃないか。いや、逆に、おれを置いて、まわりの人間達が死んでいくんじゃないか、とも」


「それが人生だろ」

「そうなんだよ。人生なんだ。逃避したらいつまで経っても向き合って自分なりの答えを出せない」
「逃げ出さなくても答えは出ないかもしれない。いや、ぼーっとして、逃げずに向き合ってるのか」
「そう。向き合うしかんだ、ひとりで、孤独に。孤独は、死を内包している」
「ふーん。煙草以外にもツケは多そうだよなぁ、月天」
 おれはコーラを飲み終え、くずかごに缶を捨てた。
「なんかよー、これ、小説のネタにでもしろよ」
「ならねーよ」
「なんで」
「陳腐だろ。誰だって向き合うだろうよ」
「だからこそ、書くんだろ。ベタかぁ?」
「うん」
「そうかよ」
「そうだよ。……ああ、だから月天、本屋で難しそうな顔で棚を眺めてたのか」


 あはは、と月天は笑う。
 月天は上機嫌だ。孤独や死を語るわりには。


「おれとタメ口なのって、クラスでおまえくらいだよ、青島。怖くないの、おれのこと?」

「怖いよ。おれは常に、他人の声に怯えている」

「はぐらかすなよ」
「月天だって、孤独や死と向き合ってはいそうだけど、いちいちそれを考えていそうには見えないな」
「かみ合わねーな」
「そんなもんだよ」


 その日、おれは月天と、携帯電話の番号や各種アドレスを交換した。
 何故かそこから、おれの高校生活は始まる。それまでは、序章みたいなものだった。
 いまどき流行らない、変な不良少年との出会いだった。


〈了〉
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