第127話 ぶんぶんがくがく:5(下)

文字数 1,358文字

 萌木部長は言う。
「ルールに則ってつくり、社会とリンクさせろ。そのためには、そもそもそのルールを知らなければならない。ルールを知らなきゃ社会とリンク出来ないからな」
 そこに僕。
「そのルールとはなんですか、部長」
「ルールはイコールで座標軸だ。座標軸のよっつの極みは、1,構図。2.圧力。3.コンテクスト。4.個性、の、そのよっつだ」
「それ、美術の話ですよね」
「そうだ。それを文学に適用するならば、構図は〈文体〉だ。圧力とは〈テーマに対する執着力〉。コンテクストとは〈歴史〉で、個性とは自分の〈個人史〉のことを、それぞれ指す。そしてそれをコンセプチュアルに書くための〈理論〉が必要であり、また、コンテクストを理解するというのは現状認識を指し示す」

 僕は訊く。
「コンテクストって言っても、それが指す歴史って言うのは、ジャンル内の歴史ですか?」
「いや、コンテンポラリーのコンテクストは細分化して説明出来る。1.自画像。2.エロス。3.死。4.フォーマリズム。5.時事、だ。山田が思う歴史に相当するのは四番目の、フォーマリズムのことだ」
 と、萌木部長。

 萌木部長は続ける。
「この五つのコンテクストに〈圧力〉をかけて、ミックスさせる。圧力……他を圧倒させる執着力が必要だ。作品とは執念の具現化であるからだ。そして、そのルールの〈文法〉を知ったときにこそ、それは発動する。文法とはフォーマットであり、アーキテクチャだ。建築物を構築するには設計図が必要であり、設計のためには勉強をして公式を知らないとならない。公式を見つけるまでには長い時間が必要だが、価値ある作品をつくるには、そのためにブランクがあったとしても公式を知らないででたらめにつくるよりも良い」


 僕は息を飲む。
 一気に早口でまくし立てる萌木部長もめずらしい。

「以上、だ。簡単だろ。これがおれの創作論だ。自分自身の価値をクリエイトする、その方法が、おれの場合、このやりかたで、基本はその上で構想を練る」

 僕は言う。
「で、この話のオチはなんですか」
「オチはない。いつもの小噺ではなく、これがおれの全てだ、とも言えるからだ」
 部長はそう言ってから、ポットまで歩いていくと、インスタントコーヒーをつくって、飲む。

「部長のコアになるのが今、話してくれたことなんですね」
「まあ、これから夏休み中に部誌をつくるからな。そのまえに、教えておこうと思ってな。これらを考えてから、企画書をつくるんだよ、おれは」
「企画書なんてつくるんですか!」
「当たり前だろう。誰に見せるわけでなくとも、企画書はつくるものだ。そのあとであらすじとプロット作成だ」

「うひー」
 僕は唸った。
 夏休みは、まだまだこれからだ。
 果たして僕に、ちゃんとした小説はつくれるのだろうか。
 オンボロクーラーが音を立てるなか、僕は広げた手で顔を覆ったのだった。
「ハードル高いよー」
「ハードルは高い方が良いもんだよ、山田」
 そこに佐々山さん。
「全く、これだから小説バカは三年生の夏休みも部活を続けちゃうのよね」
 その言葉を受けて、部長は薄く笑った。
 佐々山さんもカモミールティーを飲みながら、部長を見る。
 あー、なんだか二人の間に入っていくことが出来ない雰囲気だったので、僕もインスタントコーヒーを飲むことにしたのだった。




(了)
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