第18話 片っ端から読みあさる
文字数 1,596文字
部活。今日もビシバシと三題噺の作文書きに大幅な時間が割かれる。
これは萌木部長の方針だ。
僕はどうにかこうにか時間内に三題噺を書き終え、あまった時間で、一息吐く。
三題噺とは、落語の一種で、三つのお題が出され、それで話をつくる、というもので、小説の練習によく使われる。
「毎日毎日、鬼のように迫り来る三題噺。こんなの毎日続けてたら、ネタが枯渇しますってば、部長」
僕をびしぃっと指さし、萌木部長は言う。
「そうは言うがな、山田。短編書きは力がつくぞ」
「本当ですか、それ?」
「基礎練だと思ってくれ」
「うへぇ」
僕が机に突っ伏すと、
「書き上げたわ!」
と言って、紅一点の佐々山さんが立ち上がる。
「山田くんてヘタレなのね。総受けって感じよ、まるで。書き上げたくせに。もうちょっとお尻の穴をきゅっと引き絞りなさい!」
「どんどんキャラ崩れしていくなぁ、佐々山さん。意味わかんないこと言うし……」
「さ。そういうわけで山田くん、パシリに行ってきなさい。わたしはコーラ」
その話に部長も乗っかる。
「おれはミルクティーを頼む」
「えー。僕が自販機まで行くんすかぁ」
「つべこべ言わないの! さぁ、行った行った!」
「へーい」
折れた僕は二人からお金を貰って、部室の外に出る。
廊下は冷房が効いてなくて暑い。もう夏だ。
部室棟と校舎の間。渡り廊下に設置された自動販売機に僕が着くと、そこには一年生の青島くんと月天くんがいた。
「二人とも、こんにちわ。なにこんなところで油を売っているんだい。部室に来なよ。二人で、さ」
青島くんは額の汗を腕で拭いてから、月天くんに目配せする。
「先輩がそう言ってるけど、どうする? 月天も来いよ。冷房にあたろうぜ」
「あぁ? んー。じゃ、缶コーヒー飲んだらお邪魔すっかな。暇なのには違いねーからよ」
僕は尋ねる。
「二人でなにしてたの。こんな時間まで。補習?」
月天くんが、「あー」と、口を大きく開ける。
「ちげぇんすよ、先輩。青島の奴が最近、図書室で文学全集片っ端から読みあさってるから、おれはそれに付き合ってんすよ。今日はもうおしまいだけど。暇だからおれも結構本を読んだっす」
「ああ、そうなんだ青島くん」
合点がいく。
「この前、部長に言われたこと、実行してたんだね。本はまばらに読むより、勉強するって前提ならば個人文学全集全巻読んでその作者の全貌を知るべきだって。まばらに読むことだけじゃなく、二次文献にあたることより、絶対そっちの方が身になるって」
青島くんは鼻をかく。照れてるのかな。
「夢は、文豪になることですからね。……なんて、たいした人生経験のないおれが文豪目指すなんて、ちょっと無理がありますよね」
照れてるわりに、大胆なことを言う。
「経験はこれから積めばいいし、勉強もしっかりやってるみたいだし。目標に向かって前進してるじゃん」
月天くんが僕と青島くんの会話を尻目に、空き缶をくずかごにシュートする。
シュートは見事に決まり、大きな音を立てて、空き缶がくずかごの中に落ちる。
「らしくねーぞ、青島。おれはおまえのえろげシナリオみたいな小説が大好きだ。そのまま進め!」
僕は吹き出す。仲が良いなぁ。良いコンビだ。こういう出会いがあって、それが未来の文豪を生み出す土台になるのかもなー、なんて、僕は夢みたいなことを思った。
文豪になるとしたら、それは僕なんかじゃなく、きっと青島くんのような奴に、違いない。
僕は炎天下、部長と佐々山さんの缶ジュースを買って、このコンビと一緒に部室まで歩いた。
部室に入ってから、自分の分のジュースを買うのを忘れたのに気づいたのだった。
〈了〉
これは萌木部長の方針だ。
僕はどうにかこうにか時間内に三題噺を書き終え、あまった時間で、一息吐く。
三題噺とは、落語の一種で、三つのお題が出され、それで話をつくる、というもので、小説の練習によく使われる。
「毎日毎日、鬼のように迫り来る三題噺。こんなの毎日続けてたら、ネタが枯渇しますってば、部長」
僕をびしぃっと指さし、萌木部長は言う。
「そうは言うがな、山田。短編書きは力がつくぞ」
「本当ですか、それ?」
「基礎練だと思ってくれ」
「うへぇ」
僕が机に突っ伏すと、
「書き上げたわ!」
と言って、紅一点の佐々山さんが立ち上がる。
「山田くんてヘタレなのね。総受けって感じよ、まるで。書き上げたくせに。もうちょっとお尻の穴をきゅっと引き絞りなさい!」
「どんどんキャラ崩れしていくなぁ、佐々山さん。意味わかんないこと言うし……」
「さ。そういうわけで山田くん、パシリに行ってきなさい。わたしはコーラ」
その話に部長も乗っかる。
「おれはミルクティーを頼む」
「えー。僕が自販機まで行くんすかぁ」
「つべこべ言わないの! さぁ、行った行った!」
「へーい」
折れた僕は二人からお金を貰って、部室の外に出る。
廊下は冷房が効いてなくて暑い。もう夏だ。
部室棟と校舎の間。渡り廊下に設置された自動販売機に僕が着くと、そこには一年生の青島くんと月天くんがいた。
「二人とも、こんにちわ。なにこんなところで油を売っているんだい。部室に来なよ。二人で、さ」
青島くんは額の汗を腕で拭いてから、月天くんに目配せする。
「先輩がそう言ってるけど、どうする? 月天も来いよ。冷房にあたろうぜ」
「あぁ? んー。じゃ、缶コーヒー飲んだらお邪魔すっかな。暇なのには違いねーからよ」
僕は尋ねる。
「二人でなにしてたの。こんな時間まで。補習?」
月天くんが、「あー」と、口を大きく開ける。
「ちげぇんすよ、先輩。青島の奴が最近、図書室で文学全集片っ端から読みあさってるから、おれはそれに付き合ってんすよ。今日はもうおしまいだけど。暇だからおれも結構本を読んだっす」
「ああ、そうなんだ青島くん」
合点がいく。
「この前、部長に言われたこと、実行してたんだね。本はまばらに読むより、勉強するって前提ならば個人文学全集全巻読んでその作者の全貌を知るべきだって。まばらに読むことだけじゃなく、二次文献にあたることより、絶対そっちの方が身になるって」
青島くんは鼻をかく。照れてるのかな。
「夢は、文豪になることですからね。……なんて、たいした人生経験のないおれが文豪目指すなんて、ちょっと無理がありますよね」
照れてるわりに、大胆なことを言う。
「経験はこれから積めばいいし、勉強もしっかりやってるみたいだし。目標に向かって前進してるじゃん」
月天くんが僕と青島くんの会話を尻目に、空き缶をくずかごにシュートする。
シュートは見事に決まり、大きな音を立てて、空き缶がくずかごの中に落ちる。
「らしくねーぞ、青島。おれはおまえのえろげシナリオみたいな小説が大好きだ。そのまま進め!」
僕は吹き出す。仲が良いなぁ。良いコンビだ。こういう出会いがあって、それが未来の文豪を生み出す土台になるのかもなー、なんて、僕は夢みたいなことを思った。
文豪になるとしたら、それは僕なんかじゃなく、きっと青島くんのような奴に、違いない。
僕は炎天下、部長と佐々山さんの缶ジュースを買って、このコンビと一緒に部室まで歩いた。
部室に入ってから、自分の分のジュースを買うのを忘れたのに気づいたのだった。
〈了〉