第94話 15秒前

文字数 1,018文字

 クーラーがぐぅんぐぅん、と音を鳴らしながら涼風を送ってくる。
 部室には今、僕と青島くんしかいない。

 青島くんは椅子で背伸びをしながら、
「眠いすねぇ、山田先輩。外は暑いし、少し涼しくなると、どっと疲れが出て、眠くなる」
 と、僕に言う。

 パソコンのキーボードの手を止めた僕は、
「エナジードリンクでも買ってくれば良かったよぉ」
 と、我ながらふぬけたことを言ってしまう。


「カフェインに頼って起きてるのも、反動が来るって言うっすよ」
「そうらしいね」
「眠い……」
「眠いね……」


 ぐでーっとしながら、僕ら二人はなにもしないで過ごす。
「エディタの音が止まってるっすよ、山田先輩」

「今日は書く気がしないなぁ」

「でも、これからもっと暑い季節が来るっすよ」
「あ」
「ん? どーしたっすか、先輩」

「今年も夏休みは合宿やるのかな、って」

「合宿? 文芸部で?」
「もちろん。文芸部で」


「それは楽しみだな。やるとしたら。せーしゅんじゃねーすか」
「青春……だよなぁ」


 去年の合宿のことを思い出す。
 すると、思い出すのはそれだけじゃなくて。
「夏休み中の部活動は、それはそれで、楽しいよ」

「ああ。夏休み……か。高校の夏休み。うきうきするなぁ」
「青島くんでもうきうきするの?」
「そりゃしますって」
「青島くんだったら夏休みなんか女の子をとっかえひっかえ……」
「どーいうイメージでおれを見てんすか、山田先輩」
「あはは」
「笑ってごまかさない!」
「ごめん」
「眠いっすね。なんでこんなに眠いんだろう」
「なんでだろうねぇ」





「おはよーっす。ん? 眠ってるのか、青島。それに山田先輩も」

 現れたのは月天くんだ。
「やぁ」
 手を上げて挨拶を返す僕。

「青島のやつ、これじゃ風邪引くぜ」

 部室奥の棚から毛布を取り出すと、それを青島くんの背中にかけてあげる月天くん。

「友情、だねぇ」
「そんなたいそうなもんじゃねーすよ」
「月天くんは眠くないの?」
「めっちゃ眠いす」
「眠いよねぇ」
「眠いっすね」

 月天くんも、椅子に座ると机に突っ伏した。



 僕らはしばしの眠りに落ちていく。
 夏休み。
 それに合宿、か。
 どうなるのかな。


 うとうとと、意識がぼやけていく。


 その後、部室に現れた佐々山さんから起こされる、……15秒前だった。




〈了〉
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