第84話 漫画を読め
文字数 1,885文字
「『頑張ってるひとは頑張ってるって言わないよ』って言われたんですよー、部長」
「ほぅ。それがどうした、山田」
「僕、めっちゃくちゃ『頑張る!』って言う。僕は頑張ってないのかなぁ」
「そんなことはないと思うぞ。それに、頑張るって言葉が、頑張ってるとき以外にしか使わないという言語であった場合、自己言及のパラドクスみたいな状態になるんじゃないか」
「自己言及のパラドクス?」
部長と僕の会話に挟まるように、佐々山さんが珈琲をすすりながら、
「クレタ人は嘘を吐かないっていう、あれよ。聖書に出てくるわ」
と言って、それから珈琲をすする動作に戻る。
窓際に立って、太陽の光を浴びる佐々山さんである。
一方、萌木部長は、月天くんがいつも読んでる週刊少年漫画雑誌を手に取り、パラパラとめくる。
僕は部長に尋ねる。
「月天くんはいつも部室で漫画読んでますよね」
「ああ。頑張ってるよな、月天は」
「頑張ってる?」
「ウェブで連載をし出したら、役に立つのが『終わるに終われなくなった長期連載』の方法論だったりするからな」
「あー。なるほど。『グイン・サーガ』や『ローダン』シリーズを参照しろってのも、酷な話ですもんね」
佐々山さんが、口を挟む。
「『ハイスクール・オーラバスター』もまだ続いてるって最近知って、わたしはニコニコ笑顔よ。長期に渡る続編の刊行をしている小説って、良いわよね。でも、何十年も続いたりする小説をおすすめするのは、気が引けるわね」
「漫画を、少年週刊漫画雑誌に連載して続いていく漫画家は、エリートだからな。エリートはやはり上手い。まあ、漫画家には〈ブレーン〉も、いるのが普通ではあるが。山田は、なんというか……内省的に過ぎるところがあるな。小説というジャンルが得意とする分野をやっている、と言えなくもないが、自分の外を、〈他人〉を、描かないとならないのだから、漫画の描写は参考になると思うぞ」
「あら、部長。漫画を全く観ないってのは、現代日本ではかなり難しいのでは」
「そうだね、佐々山さん。お金なくても読めるウェブコミックもウェブ小説とともに、〈アツい〉よね。時代だなぁ」
クスクス笑う佐々山さん。
「それこそ、めちゃくちゃな書き手がそこら中にいるのがわかって、楽しいわよね」
部長は漫画雑誌を部室後方の棚に置いて、
「さっきエリートの話をしたが、商業の世界がすべてじゃないさ。それは上澄みみたいなものだからな」
「上澄みに対して、底にたまる澱が、わたしたちなのかもね。山田くんの話に戻ると、上澄みがすべてだと思ってるひとがほとんどだから、〈プロへの信仰〉がそういうひとたちにはあるんでしょうね。才能論で語りたいひとたち。書き手は良くも悪くも〈全員頑張っている〉わよ。それがわからないのね」
部長は自分の机の上におしりを乗せて片手をついて座る。
「山田。世間の目は才能論になりがちだけど、〈身の丈に合うことなんてするな〉。〈小さくまとまろうとするな〉。身の丈に合うとか小さくまとまるとか、その必要性はないさ」
僕は、腕を組んで考える。
「つまり、世間と迎合しないでいい、と」
「だな」
部長は頷く。
佐々山さんは、
「浪漫あふれるわねぇ。この浪漫がこぼれだしてなくならないように、二人とも気をつけなさいな」
と言い、付け加えるように、
「老婆心で言ってるわけだけどね」
と、笑う。
「老婆心、か。佐々山さんはやっぱり腐ってる女子だから老化が進んでしまった……ほげふぅっ!」
近づいてきた佐々山さんが思い切り僕のみぞおちに拳を叩き込んだ。
「自虐はしても、他人からディスられるのは、大嫌い!」
「痛たたたた。……そ、そうですか。ごめん」
「ちーす。部活に到着!」
噂をすればなんとやら。月天くんが部室に現れる。
月天くんはみぞおちを叩かれた僕を見て、
「え? 修羅場っすか?」
と、顎に手を当て、考えるそぶりをした。
遅れて青島くんもやってきて、全員が揃う。
「おっ。なんか面白そうなことに」
「なってません!」
青島くんの言葉を遮って、僕は言った。
移動式黒板を部室の前方真ん中に設置すると、部長は黒板に今日の三題噺のお題をチョークで書く。
「世間や他人の目を恐れるのはやめて、頑張ろうな。さて、と。今日のお題だ」
三題噺完成への制限時間は、二時間半。
僕は部室の壁掛け時計の時間をチェックする。
今日も部活が始まった。
〈了〉
「ほぅ。それがどうした、山田」
「僕、めっちゃくちゃ『頑張る!』って言う。僕は頑張ってないのかなぁ」
「そんなことはないと思うぞ。それに、頑張るって言葉が、頑張ってるとき以外にしか使わないという言語であった場合、自己言及のパラドクスみたいな状態になるんじゃないか」
「自己言及のパラドクス?」
部長と僕の会話に挟まるように、佐々山さんが珈琲をすすりながら、
「クレタ人は嘘を吐かないっていう、あれよ。聖書に出てくるわ」
と言って、それから珈琲をすする動作に戻る。
窓際に立って、太陽の光を浴びる佐々山さんである。
一方、萌木部長は、月天くんがいつも読んでる週刊少年漫画雑誌を手に取り、パラパラとめくる。
僕は部長に尋ねる。
「月天くんはいつも部室で漫画読んでますよね」
「ああ。頑張ってるよな、月天は」
「頑張ってる?」
「ウェブで連載をし出したら、役に立つのが『終わるに終われなくなった長期連載』の方法論だったりするからな」
「あー。なるほど。『グイン・サーガ』や『ローダン』シリーズを参照しろってのも、酷な話ですもんね」
佐々山さんが、口を挟む。
「『ハイスクール・オーラバスター』もまだ続いてるって最近知って、わたしはニコニコ笑顔よ。長期に渡る続編の刊行をしている小説って、良いわよね。でも、何十年も続いたりする小説をおすすめするのは、気が引けるわね」
「漫画を、少年週刊漫画雑誌に連載して続いていく漫画家は、エリートだからな。エリートはやはり上手い。まあ、漫画家には〈ブレーン〉も、いるのが普通ではあるが。山田は、なんというか……内省的に過ぎるところがあるな。小説というジャンルが得意とする分野をやっている、と言えなくもないが、自分の外を、〈他人〉を、描かないとならないのだから、漫画の描写は参考になると思うぞ」
「あら、部長。漫画を全く観ないってのは、現代日本ではかなり難しいのでは」
「そうだね、佐々山さん。お金なくても読めるウェブコミックもウェブ小説とともに、〈アツい〉よね。時代だなぁ」
クスクス笑う佐々山さん。
「それこそ、めちゃくちゃな書き手がそこら中にいるのがわかって、楽しいわよね」
部長は漫画雑誌を部室後方の棚に置いて、
「さっきエリートの話をしたが、商業の世界がすべてじゃないさ。それは上澄みみたいなものだからな」
「上澄みに対して、底にたまる澱が、わたしたちなのかもね。山田くんの話に戻ると、上澄みがすべてだと思ってるひとがほとんどだから、〈プロへの信仰〉がそういうひとたちにはあるんでしょうね。才能論で語りたいひとたち。書き手は良くも悪くも〈全員頑張っている〉わよ。それがわからないのね」
部長は自分の机の上におしりを乗せて片手をついて座る。
「山田。世間の目は才能論になりがちだけど、〈身の丈に合うことなんてするな〉。〈小さくまとまろうとするな〉。身の丈に合うとか小さくまとまるとか、その必要性はないさ」
僕は、腕を組んで考える。
「つまり、世間と迎合しないでいい、と」
「だな」
部長は頷く。
佐々山さんは、
「浪漫あふれるわねぇ。この浪漫がこぼれだしてなくならないように、二人とも気をつけなさいな」
と言い、付け加えるように、
「老婆心で言ってるわけだけどね」
と、笑う。
「老婆心、か。佐々山さんはやっぱり腐ってる女子だから老化が進んでしまった……ほげふぅっ!」
近づいてきた佐々山さんが思い切り僕のみぞおちに拳を叩き込んだ。
「自虐はしても、他人からディスられるのは、大嫌い!」
「痛たたたた。……そ、そうですか。ごめん」
「ちーす。部活に到着!」
噂をすればなんとやら。月天くんが部室に現れる。
月天くんはみぞおちを叩かれた僕を見て、
「え? 修羅場っすか?」
と、顎に手を当て、考えるそぶりをした。
遅れて青島くんもやってきて、全員が揃う。
「おっ。なんか面白そうなことに」
「なってません!」
青島くんの言葉を遮って、僕は言った。
移動式黒板を部室の前方真ん中に設置すると、部長は黒板に今日の三題噺のお題をチョークで書く。
「世間や他人の目を恐れるのはやめて、頑張ろうな。さて、と。今日のお題だ」
三題噺完成への制限時間は、二時間半。
僕は部室の壁掛け時計の時間をチェックする。
今日も部活が始まった。
〈了〉