第72話 一国一城の主
文字数 1,130文字
エアコンの調子が悪い部室の中で、佐々山さんはペットボトルのコーラをごくごくと音を立てて飲んだ。
僕はパソコンのエディタで文章を入力する手を休め、佐々山さんを見た。
「うちの文芸部も賑やかになったよね」
僕がそう言葉を投げると、佐々山さんは自分の机にコーラのボトルを置いて、髪をさらりとかきあげた。
「作家を名乗る奴は大抵、我が強いから、山田くんは押しつぶされないように精神力のレベルを上げておいた方がいいと、わたしは思うわ」
「確かに、我が強そうなひと、多いよね。この前、同人誌の即売会に参加して、そう思ったよ」
「即売会は楽しく参加っていうのは都市伝説にしか過ぎないわ。即売会は戦場よ。腕に覚えのある屈強な奴らがバトルする場所。参加してわかったでしょ」
「すごくわかったよ、あのとき、とにかく『本を売る』ことを考える場でもあったし、言いようによっては〈会場の開始時間前に勝負はついている〉んだよね」
佐々山さんは吹き出す。
「山田くん、良い経験になって良かったじゃない」
「うん。その点では良かったよ。書いてるひとたちってどういう感じなのかのイメージが、それからは具体的になった」
「作家は、一国一城の主、だからね。良くも悪くも。我が強いから、アウラを放っていた作家さんも、多かったのじゃないかしら」
「そうだね」
「山田くんもエゴイズムとナルシズムの塊だけど、エゴもナルシーも、山田くんよりみんなの方がランクが上だったとは思わなかった?」
「うん。とても強そうだった。尖っていたよ、みんな」
「不断の努力は必要だけど、基本的には〈手持ちの武器で戦う〉のが小説だもの。鍛え上げた自前の武器で叩き出した〈成績〉で得た、揺るぎない自信がアウラを放つってのは、間違いないわ。そして、鬼の住処が、プロの世界よ。化け物みたいな作家が、そこら中にいるのが、プロの住む世界なのよ」
「そこまで頑張れるのかな、僕は。鬼の住処の住人に、なれるのかな。『鬼の住処』だって聞くと、怖さがあるけどね」
「小説に限った話じゃないもの。〈プロの世界〉はどこでもそんなものよ。チートレベルの奴らがわんさかいて、日々鍛え、毎日戦っている。そんなバトルフィールドが〈プロの世界〉なんだから。……しっかりしなさい、山田くん!」
「そ、そうですね…………」
「なぜに恐縮した言い方をしてるのよ」
「そうだね」
「よろしい」
「プロって、凄いんだよなぁ」
「まー、ぶっちゃけスペックが違うわよね。才能論は嫌いだけどね。それでも少しは思い知りなさい」
「わかったよ……。なんか釈然としないなぁ、…………なんとなくなんだけどね」
(了)
僕はパソコンのエディタで文章を入力する手を休め、佐々山さんを見た。
「うちの文芸部も賑やかになったよね」
僕がそう言葉を投げると、佐々山さんは自分の机にコーラのボトルを置いて、髪をさらりとかきあげた。
「作家を名乗る奴は大抵、我が強いから、山田くんは押しつぶされないように精神力のレベルを上げておいた方がいいと、わたしは思うわ」
「確かに、我が強そうなひと、多いよね。この前、同人誌の即売会に参加して、そう思ったよ」
「即売会は楽しく参加っていうのは都市伝説にしか過ぎないわ。即売会は戦場よ。腕に覚えのある屈強な奴らがバトルする場所。参加してわかったでしょ」
「すごくわかったよ、あのとき、とにかく『本を売る』ことを考える場でもあったし、言いようによっては〈会場の開始時間前に勝負はついている〉んだよね」
佐々山さんは吹き出す。
「山田くん、良い経験になって良かったじゃない」
「うん。その点では良かったよ。書いてるひとたちってどういう感じなのかのイメージが、それからは具体的になった」
「作家は、一国一城の主、だからね。良くも悪くも。我が強いから、アウラを放っていた作家さんも、多かったのじゃないかしら」
「そうだね」
「山田くんもエゴイズムとナルシズムの塊だけど、エゴもナルシーも、山田くんよりみんなの方がランクが上だったとは思わなかった?」
「うん。とても強そうだった。尖っていたよ、みんな」
「不断の努力は必要だけど、基本的には〈手持ちの武器で戦う〉のが小説だもの。鍛え上げた自前の武器で叩き出した〈成績〉で得た、揺るぎない自信がアウラを放つってのは、間違いないわ。そして、鬼の住処が、プロの世界よ。化け物みたいな作家が、そこら中にいるのが、プロの住む世界なのよ」
「そこまで頑張れるのかな、僕は。鬼の住処の住人に、なれるのかな。『鬼の住処』だって聞くと、怖さがあるけどね」
「小説に限った話じゃないもの。〈プロの世界〉はどこでもそんなものよ。チートレベルの奴らがわんさかいて、日々鍛え、毎日戦っている。そんなバトルフィールドが〈プロの世界〉なんだから。……しっかりしなさい、山田くん!」
「そ、そうですね…………」
「なぜに恐縮した言い方をしてるのよ」
「そうだね」
「よろしい」
「プロって、凄いんだよなぁ」
「まー、ぶっちゃけスペックが違うわよね。才能論は嫌いだけどね。それでも少しは思い知りなさい」
「わかったよ……。なんか釈然としないなぁ、…………なんとなくなんだけどね」
(了)