第51話 〈定点〉であること

文字数 1,708文字

「佐々山先輩。定点観測の秘訣は?」

「ふああぁ……。あ、ごめん。あくびしちゃったわ。おはよう、青島くん。朝練に来るのはよい心掛けよ」

「朝練て言っても、放課後の部活よりはフランクな内容っすけどね」

「そりゃ、授業の前ですもの。軽く済ますわよ、朝の部活は。文芸部は、授業も含めて、文芸部だと思ってほしいわね。授業も、小説の〈足し〉になるわよ」

「ん? あー、そーっすね」

「人生経験も、役に立つ。例え月天くんと青島くんが喧嘩に明け暮れていても、ね。それも、文学の勉強になるわ」

「喧嘩は、したくてしてるわけじゃねーっすよ。身に振る火の粉を振り払ってるだけのことっす」

「ふーん。あ、そうね、小説の〈定点観測〉の話ね」

「それっすよ、本題は」

「『半年ROMれ』の小説版と言えるわね。ROMっていうのは『Read Only Member:閲覧だけしているユーザ』の意味よ」

「具体的には、どういう意味でしたっけ、それ」

「もう。ゲームつくってるくせにネットスラング忘れちゃうんだからぁ」

「空気読まないんで、自分」

「思い切り覚えているようね、内容。確認のためにまとめてみましょう。掲示板なんかのコミュニティで、空気を読めない、または、空気を読まないひとや、少し前のレスすら読まないひと、基本的情報すら自分で調べないひと、特に初心者ね、そういうひとが書き込みをした際に、その場の状況や空気を読んだ書き込みが出来るようになるまでは書き込まず、閲覧だけしかしないユーザーとして活動するのを勧めるという意味合いで使われるのがこの言葉よ」

「えーっと、それが小説と繋がるんすか」

「繋がるわ。『郷に入っては郷に従え』って言うでしょ。つまり、〈明文化されていないルール〉、つまりは『慣習法』みたいなものね、その場のそういった気風を学ぶのが、郷に入るために必要なわけ」

「定点観測の意味はわかったっす。でも、それ、必要なんすか? 〈好きに書けばいい〉のでは?」

「ところが、〈その場所、その場所で、特色や傾向がある〉のが小説の世界よ」

「『文学』は〈面白ければなんでもあり〉なのでは?」

「ぶっ壊すのは、〈基本を踏まえた上で壊す〉ものでしょう? 基本とは、〈そのプラットフォームの傾向〉よ。知らなきゃ壊すことができない。なにを壊すのかすらわかってないのに、それはないわ。ちなみに、〈全ては書き尽くされてしまっている〉という認識から、現代の文学は始まっている、という考えもあるわ。全てが出尽くされたあとに、自分はなにを書くのか、って問題系ね。話が逸れたわね。例えばミステリのジャンルで不思議なことがなにも起きない場合、ミステリをわかってやっているのかわかってないでやっているかで、問題の答えが変わってくるわ。ミステリと言えなさそうなミステリもある。でも、そのジャンルを知っていないでミステリじゃないものを書いて『書いてやったぜ!』って言っても、失笑を買うわ。〈まぐれで当たる〉ことがあるのも小説の特色だから、一発屋でも狙いたいなら、この問題は別だけどね。そういうこと」

「つまり、定点観測とは、〈定点〉であることが必要なんすね」

「エクセレント。ジャンル、雑誌、レーベルごとに特色がある」

「なにを定点にして観測するか、ってことか。で、半年は読み専をやるべきだろうって話か」

「そうよ。ただ、これは『テンプレート論』とは食い違っているから注意ね。これはどういう話だったのかというと、同じお菓子メーカーの開発部にいたとしても、ブルボンでは通用しそうなお菓子も、亀田製菓では却下、ってこともあるって話なのよ。たとえめちゃくちゃおいしいお菓子を編み出したとしても、ね」

「なるほど。お菓子が食べたくなってきたぞ」

「じゃあ、みんなが揃わないうちに、お茶請けのお菓子でも食べましょうか。お茶淹れて頂戴な」

「いえすっ、サー!」

「よろしい、可愛い後輩くん」

「佐々山先輩から可愛い後輩って言われると、どこか言葉に棘があるなぁ」

「さっさとお茶淹れなさい」

「へーい」




〈了〉
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