第121話 洞窟の比喩

文字数 1,315文字

「暗い洞窟の中。鎖に繋がれた囚人たちがいる。彼らは、目の前の岩しか見えない」

「どうしたんです、部長。いきなり」

「バカねぇ、山田くん。萌木部長は『洞窟の比喩』っていう、有名なたとえ話をしているのよ」

「ネタばらし最初にしちゃうの、佐々山さん?」

「まあ、いいじゃない。聴いてあげようじゃないの。続けて、萌木部長?」



「ふむ。とにかく、洞窟の中、松明でぼんやりと映し出される壁しか、この囚人たちには見えないんだ。だが、あるとき、囚人の一人が鎖を断ち切り、外の世界へ出たんだ。はじめて見る太陽の光はまぶしく、眼が眩むほどだった。彼は洞窟へ帰り、外の世界のことを話す。どのくらい外の世界が素晴らしく、この洞窟の中とは違うのかを。……だがしかし!」


「ふふ。部長。身振り手振りで大げさに演技しちゃって。どうしたのかしら? ねぇ? 山田くん。もしかして山田くん、彼氏である部長と喧嘩しちゃったのかしら? 演技に熱が籠もっててあきらかにおかしいわよ? 慰めてあげたら、山田くんの身体で?」

「佐々山さん……静かに最後まで聴いてあげようよ。それと僕は部長の彼氏じゃありません。僕は女性が好きな男性です。部長だって、たぶん」

「たぶん、なによ? 山田くん、言いよどんでいるわよ?」

「いや、そういえば部長の近くには魅力的な女性がたくさんいるのに恋人になっていないっぽいよ? うーむ」


「あのなぁ、おれをなんだと思っているんだ、二人とも。まあ、いい。続けるぞ」

「ええ、どうぞ、萌木部長。うふっ」

「外の光を見た囚人はほかの囚人たちに外の世界の素晴らしさを話すが、誰も信じないし、耳も傾けない。無理に言い聞かそうとすると、囚人たちは怒りだし、彼をそのうち殺してしまうかもしれないほどだ。……そこで、自発的に彼らの〈向きを変える〉ようにすることこそが、鎖をほどかれた彼、その囚人の使命となるのであった。おわり」




「わー。ぱちぱちぱち」
 僕は拍手した。

 そこに佐々山さん。
「マックス・ウェーバーはこのプラトン、正確にはソクラテスが話したとされる話を『学問の真理』と読み替えたのよね」

 部長は頷き、
「そうなんだよな。今、佐々山が言った通り。これが〈学者〉の使命だ、とする」
 と、返す。

「ちょっとカルトくさいわよね」
 と、佐々山さん。

「ああ。だが、〈情熱〉を持ってこそ、それが伝わるし、自身にもインスピレーションが降ってくるというものだ」

 僕は、肩を下げて言う。
「情熱……それでさっきから部長、大げさな演技をしながら説明をして……ふぅ。何事かと思った」

 佐々山さんが笑う。
「ですって、部長。このままじゃ山田きゅんに嫌われちゃうぞォ~?」


「佐々山さんは自由だなぁ。鎖から解放されている気がするよ」
 と、僕。


「でしょー。外の光を見るのよ、二人とも! 世界はとっても薔薇色! ばら族って意味で!」

「ふむ、佐々山。表へ出ろ。殴るぞ。女性と言えども容赦はしない」

「あら。良いわよ? 部長、わたしが護身術習っていることくらい知ってるでしょうに、バカねぇ」

「ちょ、二人とも! やめてくださいよー!」


 と、今日も元気に部活が始まるのであった。
 ……夏休みに入っても、変わらないなぁ、ノリが。




〈了〉
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