第28話 心のリミッターは解除しつつ

文字数 836文字

「プロ志向勢とエンジョイ勢ってありますよね、部長」

「あるなぁ」

「でも、僕、エンジョイ勢じゃないんですよ」

「山田はプロ志向を意識し、考えすぎて小説が逆に書けないのだろう」

「そーなんですよ」

「プロ志向もエンジョイ勢も、そんなレッテルを自分で自分に貼ったら書けなくなるのは当然だろ。書く姿勢の時点で、自分に縛られ、囚われている」

「ふーむ」

「だいたい、すごいのつくろう、などと思っちゃって、執筆の現在の能力に見合わないものをつくろうとしてしまうのだろう」

「そう。でも、エンジョイ勢って言われたくないなぁ、と」

「どっちでもなくてもいいのさ」

「どっちでも……ない?」

「自分で自分の〈思考能力〉を縛るな。リミッターがあるなら、解除しつつ、事故らないように、走れ」

「むずい問題が来たよ、これ」

「いいじゃないか。〈新しいこと〉をするんだよ」

「新しいこと? すべては書きつくされている、この世界で?」

「自分の主観のなかでの、新しいことを、するのさ。書きたいことがあるから書くんだろう。まさか、今までの自分の作品の縮小再生産でもする気か? 違うだろ」

「違いますね。書きたい衝動がある」

「その衝動は、ナマものだ。新しいこと、と言い換えてもいい。鮮度が落ちる前に、書くんだ」

「素材の、鮮度、か」

「完全プロ志向は、お金に変えたいか、お金に変えることが出来る状態のひとが尋ねてくることが多いな。そこで卑屈になることはないさ」

「胸を張ることが大切、ですか?」

「そのなんちゃら勢って思考法はやめて、書きたいことを、まずは〈書き尽くせ〉!」

「書き尽くす……」

「まだ、書き尽くしてなんていないだろ。あのヴィトゲンシュタインですら、哲学の命題はすべてクリアした、と宣言して数十年後には、あの宣言は間違いだった、と言ってまた書物を書き始めたんだ」

「よくわかんないけど、もうちょっとだけ、頑張ろうかな……」



〈了〉
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